神宮さん
レビュアー:
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ひたむきに仲間にタスキを繋ぐ物語~『風が強く吹いている』
■ 効率の良さや無駄の排除が求められる現代。だからこそ、私は三浦しをん氏の『風が強く吹いている』を、今こそ強く薦めたい。陸上経験ほぼゼロの素人10人が、ぎりぎりの人数で箱根駅伝本戦出場を目指す——。ストーリーは単純明快だが、ここには現代人が見失いがちな「他者と深く関わることの豊かさ」が凝縮されている。
■ 物語の舞台は、家賃格安の古びたアパート「竹青荘(ちくせいそう)」。怪我でエリートコースを外れた天才ランナー・蔵原走(かける)や、漫画オタクの「王子」など、個性も背景もバラバラな10人が集う。彼らは最初から一枚岩ではない。それぞれが就職活動の焦り、過去のトラウマ、未来への不安といった問題を抱え、時に激しく衝突する。しかし、強制的に始まった共同生活と「走る」という行為を通じて、一人一人が殻を破り、仲間との絆の中で成長していく。
■ 本作の推進力であり、最も美しい人間ドラマを生み出すのが、主人公・走と、彼を陸上の世界へ引き戻したリーダー・清瀬灰二(ハイジ)の関係性だ。走はかつて、勝利だけを求められるエリートの世界で孤立し、走る喜びを見失っていた。そんな彼の「走りの本質」を瞬時に見抜き、暗闇から救い上げたのがハイジである。ハイジは単なる理想主義的な指導者ではない。自らも大きな怪我を抱えながら、走の圧倒的な才能を誰よりも信じ、対等な「表現者」として導いていく。
■ ハイジや竹青荘の頼りない仲間たちが、不器用ながらも必死にタスキを繋ごうとする姿を目の当たりにし、走の冷え切った心は揺さぶられていく。かつて彼にとって「孤独な戦い」でしかなかった陸上が、仲間との繋がりへと姿を変えていく。
■ こうした10人の覚醒を促すのが、外の世界にいる登場人物たちだ。王者・六道大学の藤岡は、絶対的な強者でありながら傲慢さが一切ない。走る意味をストイックに追い求める彼の姿は、10人に「頂点」の景色を意識させ、競技者としての意識を覚醒させる。一方、走の高校時代の同級生・榊(東体大)は、過去の因縁をぶつけてくる生々しいライバルだ。こうした外の世界からの刺激や摩擦が、引きこもりがちだった竹青荘のメンバーを外へと連れ出し、物語の熱量を一気に加速させる。
さらに本作の深みは、走る10人「以外」の人々との関わりによっても生み出されている。彼らを見守る大家・田崎源一郎は、時に厳しく、時に温かく若者たちの胃袋と心を支える。そして、チームのマネージャー的存在となる勝田葉菜子の純粋な応援は、男ばかりのむさ苦しい集団に爽やかな風を吹き込み、彼らが走る原動力となる。彼らは単なる脇役ではない。10人の走者を社会や地域、そして読者へと繋ぐ大切な架け橋となっている。
■ そして、物語は箱根駅伝本番の復路、クライマックスへと向かう。走がこれまでの人生のすべてをぶつけるように駆け抜けるシーンで、彼の心からの叫びが響き渡る。「なぜ走るのか」「強さとは何か」という、ハイジから投げかけられ続けた問いへの、魂の底からの答えである。仲間を信じ、仲間に支えられ、初めて「一人ではない」と知った天才が解き放つその叫びは、読者の胸を容赦なく打ち抜く。この瞬間に感じる鳥肌が立つほどの感動を味わうためだけでも、本書を読む価値がある。
■ どんでん返しはない。物語は結末に向かって一直線に進む。だからこそ、読者は雑音なしに彼らの走りと内面に没頭できる。
いま、私たちはSNSで簡単に人と繋がれる一方で、本当の意味での「他者との深い関わり」を避けがちだ。傷つくことを恐れ、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する。しかし、このアパートの住人たちは、互いの弱さを泥臭く引き受け合い、不器用に伴走し合う。効率性からは程遠いその姿が、どうしようもなく愛おしく、胸を打つ。
彼らが駆け抜けた箱根路の風は、読み終えた私たちの冷めた心に、きっと熱い火を灯してくれる。何かに迷っている人、孤独を感じている人にこそ、読んでほしい一冊である。
■ 物語の舞台は、家賃格安の古びたアパート「竹青荘(ちくせいそう)」。怪我でエリートコースを外れた天才ランナー・蔵原走(かける)や、漫画オタクの「王子」など、個性も背景もバラバラな10人が集う。彼らは最初から一枚岩ではない。それぞれが就職活動の焦り、過去のトラウマ、未来への不安といった問題を抱え、時に激しく衝突する。しかし、強制的に始まった共同生活と「走る」という行為を通じて、一人一人が殻を破り、仲間との絆の中で成長していく。
■ 本作の推進力であり、最も美しい人間ドラマを生み出すのが、主人公・走と、彼を陸上の世界へ引き戻したリーダー・清瀬灰二(ハイジ)の関係性だ。走はかつて、勝利だけを求められるエリートの世界で孤立し、走る喜びを見失っていた。そんな彼の「走りの本質」を瞬時に見抜き、暗闇から救い上げたのがハイジである。ハイジは単なる理想主義的な指導者ではない。自らも大きな怪我を抱えながら、走の圧倒的な才能を誰よりも信じ、対等な「表現者」として導いていく。
■ ハイジや竹青荘の頼りない仲間たちが、不器用ながらも必死にタスキを繋ごうとする姿を目の当たりにし、走の冷え切った心は揺さぶられていく。かつて彼にとって「孤独な戦い」でしかなかった陸上が、仲間との繋がりへと姿を変えていく。
■ こうした10人の覚醒を促すのが、外の世界にいる登場人物たちだ。王者・六道大学の藤岡は、絶対的な強者でありながら傲慢さが一切ない。走る意味をストイックに追い求める彼の姿は、10人に「頂点」の景色を意識させ、競技者としての意識を覚醒させる。一方、走の高校時代の同級生・榊(東体大)は、過去の因縁をぶつけてくる生々しいライバルだ。こうした外の世界からの刺激や摩擦が、引きこもりがちだった竹青荘のメンバーを外へと連れ出し、物語の熱量を一気に加速させる。
さらに本作の深みは、走る10人「以外」の人々との関わりによっても生み出されている。彼らを見守る大家・田崎源一郎は、時に厳しく、時に温かく若者たちの胃袋と心を支える。そして、チームのマネージャー的存在となる勝田葉菜子の純粋な応援は、男ばかりのむさ苦しい集団に爽やかな風を吹き込み、彼らが走る原動力となる。彼らは単なる脇役ではない。10人の走者を社会や地域、そして読者へと繋ぐ大切な架け橋となっている。
■ そして、物語は箱根駅伝本番の復路、クライマックスへと向かう。走がこれまでの人生のすべてをぶつけるように駆け抜けるシーンで、彼の心からの叫びが響き渡る。「なぜ走るのか」「強さとは何か」という、ハイジから投げかけられ続けた問いへの、魂の底からの答えである。仲間を信じ、仲間に支えられ、初めて「一人ではない」と知った天才が解き放つその叫びは、読者の胸を容赦なく打ち抜く。この瞬間に感じる鳥肌が立つほどの感動を味わうためだけでも、本書を読む価値がある。
■ どんでん返しはない。物語は結末に向かって一直線に進む。だからこそ、読者は雑音なしに彼らの走りと内面に没頭できる。
いま、私たちはSNSで簡単に人と繋がれる一方で、本当の意味での「他者との深い関わり」を避けがちだ。傷つくことを恐れ、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する。しかし、このアパートの住人たちは、互いの弱さを泥臭く引き受け合い、不器用に伴走し合う。効率性からは程遠いその姿が、どうしようもなく愛おしく、胸を打つ。
彼らが駆け抜けた箱根路の風は、読み終えた私たちの冷めた心に、きっと熱い火を灯してくれる。何かに迷っている人、孤独を感じている人にこそ、読んでほしい一冊である。
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読書と園芸(イチゴ栽培)が趣味の教員です。読み終えた後、重くならない爽やかな気持ちになる本を最近は好んで読んでいるような気がします。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:670
- ISBN:9784101167589
- 発売日:2009年06月27日
- 価格:860円
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