青木美希氏の『それでも日本に原発は必要なのか? つぶされる再生可能エネルギー』(文春新書)を読みました。2026年2月に出た本です。
著者の生年は不明ですが、札幌生まれで1997年に北海タイムスに入社。その後、北海道新聞を経て朝日新聞に入社しています。現役の朝日新聞の記者ですが、その肩書では、こういう「反原発の本」を刊行することが社内ルールでは許されないとのことで、略歴からも「朝日新聞社」の社名はカットして刊行したようです。
前著として、2018年3月に『地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」』 (講談社現代新書)を刊行。2023年11月に『なぜ日本は原発を止められないのか?』(文春新書)を出版しているそうですが、いずれも未読です。
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本書『それでも日本に原発は必要なのか?』の「はじめに」のタイトルは『「原発優先ルール」こそ日本の安全保障のリスク』。
冒頭から、「北朝鮮による核開発、中国の覇権主義的な行動が目立ってきた」と指摘(ロシアのウクライナ戦争、イスラエルによるガザ攻撃と並列して)。
そして、ウクライナの原発がロシアの「攻撃のターゲットにされた」ことを指摘。
「日本の核施設も狙われている」として、英国の新聞が「ロシアが東海第二原発を含む茨城県東海村の核施設を攻撃目標リストに載せていた」ことを指摘しています。
「原発は空からの武力攻撃に無防備だ」として、攻撃を受けた時のシミュレーションなども指摘。韓国の古里原発の使用済み核燃料プールがドローンで攻撃されたらどうなるか。放射性物質が日本にもながれてきて大変なことになるとの結果が出たそうです。韓国の原発等々にそんな攻撃をする可能性のある国は北朝鮮(か中国?)。
戦争でなくとも事故でも、韓国や中国の原発が破損したりすれば、黄砂の到達の事実を考えても、日本は大変なことになるでしょう。でも、日本国内の原発が同様の事態となれば、もっと、大変なことになるのは想像できます。だから、私は原発再稼働や新設には疑問を感じています。安全保障の観点からみれば、3・11以降は原発ゼロがいいのではないかと。
しかし日本の左翼的な反原発運動家は、その点(原発へのテロ等々)を軽視したり黙殺したりしています。そういう方々の反原発運動にはあまり賛成したくありません。青木さんは、どちらかといえば、そういう反原発運動家の支援は受け入れているように見えますが、テロ、攻撃の対象に原発がなりうるという点を認めている点や(旧)共産圏の危険な行動への警戒の念を若干たりとももっているように思える点は評価していいと思います。
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本文(第四章)でも、原発テロ・攻撃の危険性を指摘していますから。
「原発が攻撃される可能性を、ヨーローッパの人たちは日本よりさらに間近に感じている」との指摘があります(イランの核ミサイル実現の時の恐怖も、欧州国家は、より身近に感じているのではないかと思われます。宗教的信条の強い国家が核ミサイルを持つのは危険でしょう。アメリカの「民間」の福音派レベルに恐怖を感じるなら、国家警察や軍事力を狂信的ともいうべき宗教勢力が直接把握している宗教国家はもっと脅威と感じるのが普通の感覚でしょうから。福音派を批判してイスラムの狂信的宗教派を警戒しないのは二枚舌すぎますね)。
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青木氏が、自民党や国民民主党などが原発を容認し、太陽光など再生可能エネルギーの推進に懐疑的な実態を指摘している点は、まぁ、ちょっと聞き飽きた感じがしないでもありません。
「利益集団が人々から搾取していくアンフェアな構図を変えるために」「少しでも、踏みつけられる人が減る世の中に」というあたりは、ちょっと気負いすぎているのではと思わないでもありません。
「原子力マネー」めいたものへの批判はもっともですが、反原発だった河野太郎さんやその取り巻き(秋本真利)のスキャンダルもあったではないですか。「再生エネルギーマネー」もあるじゃないですか。秋本さんのもっともらしい本『自民党発!「原発のない国へ」宣言 2050年カーボンニュートラル実現に向けて』(東京新聞)も所詮は天に唾するだけの虚しい本でしたから。秋本さんも新興の「利益集団」の一員だったともいえますからね。
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原発汚染の後始末に関して「汚染者自己負担の原則」がないがしろにされている指摘などは同感です。これって、喫煙者たちが環境破壊をしているのに、かつては専売公社、いまは日本たばこなどが「完全禁煙ルーム」を自社負担で設置すべきところを、民間会社が出資して設営しているのと同じかと(ただ、たばこ税の一部を使って、そういう施設を作ることは許されるかもしれませんが)。
「原発ゼロ」と「受動喫煙ゼロ」とは、ある意味、同じ困難な目標といえるかもしれませんが、達成するべき目標といえるかもしれません?
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「おわりに」のタイトル「それでも私は書き続ける」。
というのも、所属している大手新聞社からの「いやがらせ」もあって、前著や本書をなかなか刊行できなかったようです。「原発ヘイト本」と思われたのでしょうか?
読売や産経ならいざしらず、反トランプ、反原発の朝日新聞なら推奨しそうな本にも思えますが?
言論出版の自由がある日本ですから、捨てる神あれば拾う神あり。朝日新書ではなくとも、文春新書として、こうして本になり、いろんな立場の人が自由に読める日本は、本当にいい国ですね。北朝鮮や中国では、こんな言論出版の自由はありえませんから。
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保守派の言論人であっても、脱原発を唱える人はいました。西尾幹二さん、加藤寛さんなど。
青木さんも、赤旗などの取材を受けたなら、そこで「原発テロ・ミサイル攻撃危険キャンペーン」をやってくださいと直訴するといいと思います(すでにやっていたら、ごめんあそばせ)。
左翼陣営の方々は、そういう主張をすれば、保守派の中からも原発に懐疑的な方々が増えてくるはずなのに、あまりそういう主張をしません。なぜなのでしょうか。内心、きっと北朝鮮や中国が好きなんでしょうね。
青木さんが左翼というわけではありませんが、反原発派で、テロ攻撃などの危険性を指摘して原発反対論を展開しているのは、青木さんのほかにはあまりいません。
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私の知る限りではもう一人います。藤岡惇氏です。彼は「軍事攻撃されたら福島の原発はどうなるか-「平和を欲すれば軍事力・軍事同盟を強化せよ」論の落とし穴」という論文を書いています。この論文は、沢田昭二氏ほか『核時代の神話と虚像 原子力の平和利用と軍事利用をめぐる戦後史』 (明石書店)に収録されています。2015年の刊行です。
藤岡氏は「もし原発(特に自壊状態にある福島第一原発)への軍事攻撃(反撃も含む)が発生すれば、どうなるのか。この脅威に対して軍事的手段で対処できるのかという問題」を指摘しています。
「タブーとされてきた原発への軍事攻撃問題」「日本の五四基の原子炉が軍事攻撃のターゲットとなり、航空機による直撃、自爆テロ、岩盤貫通型爆弾、ミサイル、さらには核爆弾攻撃を受けた場合、破壊され、放射能が外に出ないのか」という観点がこれまで考慮されてこなかったのはなぜだろうかと藤岡さんは指摘しています。もっともな疑問です
「推測するに」「日本の平和運動家のなかに軍事の専門家が乏しいため、原発が軍事攻撃された場合、どうなるかのリアルで客観的な検討を避ける傾向がある」「原発への軍事攻撃の問題を提起すると、『原発防衛』が大切だという世論を強め、軍事力強化や管理社会化を促す役割を果たすのではないかと心配する傾向があったように思われる」
おっしゃる通りですね。
このあたり、もう少し詳しく説明するのならば、私なら以下のように詳述します。
「そして、原発批判派には、単細胞の平和運動屋が多く参加しており、彼らは、そういう原発攻撃をする能力も意思もありうるソ連(ロシア)や北朝鮮や中国をいまだに内心では『平和勢力』と信じ込んでいるので、そんな可能性を想像するだけの知的能力が欠如していたと思われる。
もちろん、アメリカがそういうことをやる可能性は頭の片隅にあったのだが、それを言い出すと、いくらなんでも、『じゃぁ、中国や北朝鮮はどうなるのか? 少なくとも拉致工作をする北朝鮮なら、そういう原発テロもできるんじゃないか』と反論されると解答不能になってしまう程度の思考力はもっていた。
それをテーマにした架空小説もあり、反原発世論を高めるために利用すればいいのに、愛する北朝鮮サマのイメージ低下になるから、それは拙い、無視しよう…となっていたと思われる。そういう理由もあって、原発への軍事的攻撃問題は、右からも左からも長年タブーとされてきたのである」
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さておき、藤岡氏は、過去のイスラエルによるシリアなどの建設中の原子炉攻撃の事例などを分析。
「高性能爆弾を搭載したミサイルを使えば、原子炉本体を破壊できることは明らかだ。莫大な軍事費を投じて、原発周辺に『ミサイル防衛』の壁を築いたとしても、爆弾の運搬手段をミサイルから人間ないし自動車に変更すればよい。自爆テロないし自動車爆弾という手法を用いても、外部の電源装置を破壊したり、核燃料プールの底に穴を空けることは可能だろう」
また9・11の事例を挙げてこう指摘もしています。
「ハイジャック犯の乗っ取った四機目の民間機が、『即席ミサイル』に変身して、ニューヨーク市北郊のインディアンポイント原子力発電所に突入していたとしたら、世界貿易センタービル崩壊時の何百倍もの被害が生まれたことだろう」「米国の各原発には一五〇名の武装警備員が配置されているが、日本の場合はゼロのままだ」
これらは御指摘の通りです。高市首相も若手議員の時に、原発警備に自衛隊を使うべしと主張したことがあったものの、「国民に銃を向けるのか!」という方向違いの反論を重鎮議員から受けたことがあったそうです(仙頭寿顕『高市早苗の覚悟』リベラル社)。
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また、藤岡さんは、沖縄とイスラエルにはなぜ原発がないのかとの指摘もしています。
「地上に原子炉を建設すれば、軍事攻撃の絶好のターゲットとなることをイスラエル支配層が自覚していること、地下深くに原発を作ったとしても、軍事攻撃される悪夢を払えないし、コストアップとなると考えてきたからであろう」「米軍自体も、原発という不安定要因を抱え込むことに慎重であったためであろう」。
なるほど。イスラエルを見習うべきですね。あれだけ迎撃ミサイルをもっているイスラエルでもそうなのですか。
原発に対する軍事的脅威は、いまとなると、無人機ドローンによる攻撃や巡航ミサイルのピンポイント攻撃による脅威も考える必要があります。
こんなに正論を展開している藤岡さんですが、「日本が平和憲法を守り、実践していたならば、攻撃なしという想定にも、一定の根拠があっただろう」と指摘した上で「しかし現在の政権は、基本方針を転換し、『軍事力と軍事同盟を強化し、海外でも戦争する国』『宇宙戦争に参戦する国』にしておいたほうが、国益が守られ、平和が維持されるという方向に転換しようとしている」…といった方向に議論の結論を持っていっているあたりはがっかりでした。
でも、原発の問題点を指摘もしており藤岡論文は大変参考になりました。
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イラクの原子炉問題に関しては、ダン・マッキノンの『あの原子炉を叩け!』 (新潮文庫)という本を一読したことがあります。ほかにも、ロジャー・クレイアの『イラク原子炉攻撃 イスラエル空軍秘密作戦の全貌』 (並木書房)という本もあります。
藤岡論文では、池田整治氏の『原発と陰謀 自分の頭で考えることこそ最高の危機管理』 (講談社)や、小倉志郎氏の『元原発技術者が伝えたいほんとうの怖さ』 (彩流社)なども引用紹介されていました。
藤岡論文によれば、池田氏は第二次朝鮮戦争が勃発すれば、丸裸状態にある福島第一原発、とりわけ格納容器外に置かれている六つの核燃料貯蔵プールと共用プールは絶好の標的となるだろうと指摘しているとのこと(池田『原発と陰謀』講談社)。
1950年の朝鮮戦争の時やベトナム戦争では、中共軍や北朝鮮やベトナムの軍隊が日本に向けてミサイルを発射したり爆撃機を飛ばすということはありえませんでしたが、いまは違います。ハーマン・カーンの『考えられないことを考える 現代文明と核戦争の可能性』 (ぺりかん社)をあらためてひもとくべきかもしれませんね。いまや「考えられることを考えない」のは犯罪的ボケというしかありませんから。「平和ボケ」ですよ、これもまた。
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余談ですが。
池田整治さんといえば……。
瀬知洋司氏の『となりの小さいおじさん 大切なことのほぼ9割は手のひらサイズに教わった』(アルソス)を推奨している方です。瀬知さんがビジネス社の編集者だった時、池田さんの本も担当したことがあるようです。
池田さんの『離間工作の罠 日本を分断する支配者の手口』(ビジネス社)という本でも原発問題に言及しているようです。そのうち、読んでみましょうか。
では、ごきげんよう。
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