河崎秋子さんの『夜明けのハントレス』が「令和の狩猟エンタメ」だとすれば、
吉村昭さんの『熊撃ち』は「昭和の狩猟文学」といっていい、連作短編集だ。
この短編集に収められた7篇は、吉村さんが昭和45年(1970年)とその翌年にかけて、
北海道の熊撃ちの猟師やハンターに取材をし書かれたもので、
ここに登場する主人公たちは実在の猟師たちであり、物語も実際に起こったことだという。
だとすれば、実に悲惨な、目も覆いたくなるような熊による事件が昭和の時代には頻発していたことになる。
草刈りに出た青年が襲われ、野イチゴを摘みにいった老婆が襲われ、若い娘が襲われる。
そのたびに村田銃をもった熊撃ちの名人に声がかかる。
彼らの懸命な捜索により、ついには熊を射止めることになる。
吉村さんの筆致はつねに冷静でゆるぎない。
ゆるぎないからこそ、どんな惨状も、それにつづく大自然の中での追跡も熊との向かい合いも、
同じ温度で描かれることになる。
作者が動じてどうするのだという気概が作品に溢れている。
7つの作品のうち、1篇だけ本州のツキノワグマを描いたものがあるが、
残りはすべて北海道の羆で、それはツキノワグマと比べて体も大きく、植物も食べ肉も食べる雑食性である。
そのような熊の習性も描きつつ、それに対峙する人間の強さ弱さを巧みに描いて、
やはり「昭和の狩猟小説」の名作だろう。
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