ぱせりさん
レビュアー:
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絵本作家、山脇百合子さんの、エッセイを集めたもの。
新書より少し大きいくらいの寸法、正方形に近いくらいの形が、親しみやすいこの本は、2022年に亡くなった絵本作家、山脇百合子さんのエッセイを集めたもの。
「わたしが子どものころ」「子どもの本の画家として」「母として子どもと一緒に」の三つの章に括られている。
これは絵本かな、と思うくらいにふんだんな絵が、カラーで差し込まれているのもうれしい。
子どもたちが小さいうちは、仕事は子どもが寝てから、と決めていたそうだ。
絵本作家(仕事人)の顔と、家庭人としての顔とをしっかり分けているようで、両方の顔をつなげているのが、たくさんの絵だ。
私も子どもたちもそれから孫も、親しみ、楽しませてもらったその絵には、そのときどきの山脇百合子さんの子どもたちがちらほらと顔をのぞかせていたのだ。
長女の幼いころの姿をサラッとスケッチした水彩画から、いろいろなことを思い出すそうだ。「もっとほかにもこんなふうに描いておけばよかった」と後悔もするそうだ。
「あのころ、子どもなんて、ごはんと同じくらいふつうに、そして欠けることなく(!)家にあったのです」という言葉に笑い、我が家の「ごはんと同じくらいふつう」だったあれこれ(子どもに限らず)を思い出す。ふつうなんて、あっというまに変わってしまう、消えてしまうものだなあ、と。でも、そのかわりに別の「ふつう」がここにあることを思いだす。だいじにしよう(すぐ忘れそうだけど)
松葉重庸『青組さん 赤組さん』の挿絵を描いていた時は、まだ高校生。作者に「絵を描くときは、お茶でも飲んで、おせんべいでも食べて、いい気持ちになって、おやりなさい」と言われたとのエピソードも楽しい。
「だから、私は、お茶やおせんべいはなくとも、いい気持ちで机にむかわなくちゃ、といつも思っています」
山脇百合子さんの絵の子どもも動物も、背景の植物も、見ているだけで「いい気持ち」になる。いい気持ちは、伝染するものみたい。
わたしもまねをしたい。何かをするとき、なるべくいい気持ちで向き合いたい。
「わたしが子どものころ」「子どもの本の画家として」「母として子どもと一緒に」の三つの章に括られている。
これは絵本かな、と思うくらいにふんだんな絵が、カラーで差し込まれているのもうれしい。
子どもたちが小さいうちは、仕事は子どもが寝てから、と決めていたそうだ。
絵本作家(仕事人)の顔と、家庭人としての顔とをしっかり分けているようで、両方の顔をつなげているのが、たくさんの絵だ。
私も子どもたちもそれから孫も、親しみ、楽しませてもらったその絵には、そのときどきの山脇百合子さんの子どもたちがちらほらと顔をのぞかせていたのだ。
長女の幼いころの姿をサラッとスケッチした水彩画から、いろいろなことを思い出すそうだ。「もっとほかにもこんなふうに描いておけばよかった」と後悔もするそうだ。
「あのころ、子どもなんて、ごはんと同じくらいふつうに、そして欠けることなく(!)家にあったのです」という言葉に笑い、我が家の「ごはんと同じくらいふつう」だったあれこれ(子どもに限らず)を思い出す。ふつうなんて、あっというまに変わってしまう、消えてしまうものだなあ、と。でも、そのかわりに別の「ふつう」がここにあることを思いだす。だいじにしよう(すぐ忘れそうだけど)
松葉重庸『青組さん 赤組さん』の挿絵を描いていた時は、まだ高校生。作者に「絵を描くときは、お茶でも飲んで、おせんべいでも食べて、いい気持ちになって、おやりなさい」と言われたとのエピソードも楽しい。
「だから、私は、お茶やおせんべいはなくとも、いい気持ちで机にむかわなくちゃ、といつも思っています」
山脇百合子さんの絵の子どもも動物も、背景の植物も、見ているだけで「いい気持ち」になる。いい気持ちは、伝染するものみたい。
わたしもまねをしたい。何かをするとき、なるべくいい気持ちで向き合いたい。
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いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。
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- 出版社:のら書店
- ページ数:0
- ISBN:9784905015864
- 発売日:2026年03月03日
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