hackerさん
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H.G.ウェルズは短篇の名手でもあったことを教えてくれる本です。
最初にお断りしておきますが、表題作は創元SF文庫版で既にレビュー済なの、この拙文では取り上げません。その他の九つの短編を対象とします。正直なところ、あまり期待していなかったのですが、いや面白い!H.G.ウェルズ(1866-1946)は短篇の名手でもあったことを、この歳になって、認識させてもらいました。収録作を簡単に紹介します。
●『エピオルニス島』
エピオルニスについて、Wikipediaでは次のように書かれています。
「アフリカのマダガスカル島に1000年前頃まで生息していたと考えられている地上性の鳥類(中略)2000年ほど前からマダガスカル島に人間が移住・生活するようになると、狩猟や森林の伐採など環境の変化によって生息数が急速に減少し、最終的に絶滅してしまった」
「頭頂までの高さは3-3.4 m、体重は推定400-500 kgあり、ダチョウを大きく上回っていた(ダチョウは大きい個体でも身長は約2.5 mで体重は135kg程度)。また、卵も巨大であり、現在知られている最大の卵の化石は長さ約33cm、直径約24cm」
このエピオルニスの最後の一羽を孵化さて、2年間孤島のサンゴ礁で育て上げたという、顔に傷のある男がその顛末を語ります。ちょっと怖い話です。
●『蛾』
昆虫学者のハブレーとポーキンズは、お互いの論文をけなし合うことで、学会でも知られた犬猿の仲でした。ところが、ある日ポーキンズは肺炎にかかり急死してしまいます。おりしも、ポーキンズの最新論文にケチをつけたばかりのハブレーは、相手の反撃を待っていたので、妙にがっかりし、半鬱状態になってしまいます。しかし、ポーキンズの反撃は、予想外の形でやって来ました。
●『紫色のキノコ』
「クームズ氏は人生にほとほと嫌気がさしていた。自分自身にも他の人間にも、もううんざりだった。(中略)もう我慢などするものか。畜生め、もう我慢ならないぞ、と彼にしては珍しく何度も汚い言葉を繰り返した」
小さな店の持ち主のクームズ氏は、自分の苦境などお構いなしの妻と、家に来ては騒ぎ立てる妻の友人たちにうんざりしていたのでした。ある日曜日、彼らに我慢できなくなった彼は、ついに「出ていけ!」と怒鳴ったのですが、誰も出て行かないので、自分が出ていく破目となったのです。
●『パイクラフトの真実』
「『是が非でも体重を減らしたい』パイクラフトは丸々とした頬から息を吐き出しながら『なんとしても』とつけ加えた。
哀れなパイクラフト!彼はベルを鳴らした。またホットケーキをオーダーするつもりらしい」
パイクラフトが「私」と同じクラブに入り、向こうから近づいてきたのは、理由がありました。「私」の曾祖母が持っていた処方が目的だったのです。なめし革にヒンズー語で書かれたもので、その内容を教えて欲しいと、パイクラフトは言うのです。私は警告します。
「私の理解するかぎりこれは減量の処方だ。絶対だとは言い切れないが、まず間違いないだろう。私の忠告を聞いてこれには手を出さないほうがいい。自分の家系をけなすようなことをいうのが、私の祖先はかなり変な人たちだったらしい」
パイクラフトはそれでも、その処方をぜひ試したいと言うので、「私」も全文を読めるわけではないのですが、ヒンズー語を翻訳してやりました。しかし、腐った卵やガラガラ蛇の新鮮な毒のような変な材料を使うものでした。それを試したパイクラフトは、確かに、体重は減ったのですが...。
『メアリー・ポピンズ』の某キャラクタの元ネタがこんなところにあったとは!ちょっと驚きました。
●『ブラウンローの新聞』
「私」の友人の一人ブラウンローは、ある晩帰宅すると、いつも読んでいる<イヴニング・スタンダード>紙の代りに、<イーヴン・スタンダード>紙という聞いたこともない新聞が届けられていました。読んでも、内容がよく分かりません。そのうち気づきます。新聞の日付が1971年11月11日だったのです、今は1931年なのに。
お話の内容よりも、40年後の世界を、ウェルズがどう見ていたかという点が興味深いです。
●『故エルヴィシャム氏の物語』
「ぼく」エドワード・ジョージ・イーデンは、幼くして両親を亡くし、叔父に育てられました。叔父も4年前「ぼく」が18歳の時に亡くなり、少ないながらも全財産を残してくれたので、奨学金を得てはいましたが、生活を切り詰め、医師になるべく勉学に励んでいました。
ある日、骨と皮ばかりにやせ細った老人がやって来て、こう言います。
「君がわしに会ったことはなくとも、わしは君に会ったことがある。お話しできる場がどこかにないですかな?」
下宿部屋はみっともなさすぎるので、二人は老人の知っているレストランで、「ぼく」が「それまで味わったことのないすばらしい食事」を取った後で、老人は要件を切り出します。つまり、「もうすぐ遺産を遺して死んでいかなくちゃならないが、それを遺す子供がいない」ので、「大志を抱き、純粋な精神をもち、心身とも健全な若者を自分の相続人」にしたいと思い、そういう若者を探していたのだが、イーデンを候補として考えており、そのために、自分の信頼できる医師による健康診断を受けて欲しいというのです。言われるがまま、「ぼく」はその医師を訪問し「心身ともに健全」というお墨付きをもらいます。老人は再び「ぼく」の下宿を訪れ、その報告を聞いて満足し、自分のことをエルヴィシャムと名乗った上で、相続人が決まったお祝いの食事に誘います。ですが、これは罠でした。
収録作の中では、この作品だけ以前に読んだ記憶があります。なにかのアンソロジーだったと思いますが、そういう本に選ばれる資格十分です。
●『マハラジャの財宝』
ヒマラヤ斜面にある平野のラジャ(王)は、謁見の間の後ろの小部屋に、財宝を隠していることで知られていました。ただ、その財宝を見た者は誰もいませんでした。
「彼は日常の生活においても非常に信心深かった。行動においては迅速で、他人には予測がつかなかった。小さなことであっても彼と面と向かって盾突く者は皆無だった」
ラジャの統治は見事でしたが、財宝集めを始めたのは、金庫というものがインドに公に販売される前に、財宝用の金庫を仕入れた時からでした。初めのうちは、広大な領地を持つラジャだったので、誰もあまり気にしませんでしたが、次第に民に重税を課すようになり、外見にも判断力にも衰えが顕著になってくると、ラジャが独り占めしている財宝についてもいろいろな憶測が飛び交うようになります。そして、ついには側近によるクーデターが起こり、ラジャは殺されてしまいます。権力を取った者たちは、金庫を開けようとしますが、どうやっても開きません。さらに、彼らは仲間割れを起こし、お互いに殺し合うようになります。
はたして、ラジャの財宝とは何だったのでしょうか。
●『デイヴィドソンの不思議な目』
デイヴィドソンという男が、突然、他人の目が見えるものだけが見えるようになり、自分が実際にいる場所が一切見えなくなるという話です。どうも聞いたような話だなと思ったら、『アイズ』(1978年)という映画がありました。ヒロインのフェイ・ダナウェイが連続殺人犯の視点でものが見えるようになるという話で、しょうもない映画でしたが、原案はB級ホラー映画で有名なジョン・カーペンターとクレジットされていたものの、本当の原案は本作のようです。
●『アリの帝国』
本作のラストは、次のようになっています。
「もし現在の調子で進めば、1911年頃までにはカプアラナ支援鉄道を攻撃して、ヨーロッパの資本家たちの注目をいやでも集めることになるでしょう。そして1920年までにはアマゾンの半ばまでにやって来るにちがいない。アリたちがヨーロッパを発見するのは、遅くとも1950年から60年になることでしょう」
南米のアマゾン奥地で発生した、体長10センチもある持つ新種のアリが、人間を脅かすという話です。このアリは猛毒を持ち、人間や動物を襲って食べるのですが、まるっきりゾンビですよね。ゾンビのような生き物(?)の発想をウェルズが既にもっていたというのは興味深いです。なお、本作に発想を得たと思われる映画には、『黒い絨毯』(1954年)があります。
さて、この中からベストを選ぶとなると、『エピオルニス島』、『蛾』、『パイクラフトの真実』、『故エルヴィシャム氏の物語』を挙げておきます。収録作の傾向とすると、SFというより怪奇小説の趣が強いです。SF風怪奇小説の分野でも、ウェルズはパイオニアだったことが感じられます。
●『エピオルニス島』
エピオルニスについて、Wikipediaでは次のように書かれています。
「アフリカのマダガスカル島に1000年前頃まで生息していたと考えられている地上性の鳥類(中略)2000年ほど前からマダガスカル島に人間が移住・生活するようになると、狩猟や森林の伐採など環境の変化によって生息数が急速に減少し、最終的に絶滅してしまった」
「頭頂までの高さは3-3.4 m、体重は推定400-500 kgあり、ダチョウを大きく上回っていた(ダチョウは大きい個体でも身長は約2.5 mで体重は135kg程度)。また、卵も巨大であり、現在知られている最大の卵の化石は長さ約33cm、直径約24cm」
このエピオルニスの最後の一羽を孵化さて、2年間孤島のサンゴ礁で育て上げたという、顔に傷のある男がその顛末を語ります。ちょっと怖い話です。
●『蛾』
昆虫学者のハブレーとポーキンズは、お互いの論文をけなし合うことで、学会でも知られた犬猿の仲でした。ところが、ある日ポーキンズは肺炎にかかり急死してしまいます。おりしも、ポーキンズの最新論文にケチをつけたばかりのハブレーは、相手の反撃を待っていたので、妙にがっかりし、半鬱状態になってしまいます。しかし、ポーキンズの反撃は、予想外の形でやって来ました。
●『紫色のキノコ』
「クームズ氏は人生にほとほと嫌気がさしていた。自分自身にも他の人間にも、もううんざりだった。(中略)もう我慢などするものか。畜生め、もう我慢ならないぞ、と彼にしては珍しく何度も汚い言葉を繰り返した」
小さな店の持ち主のクームズ氏は、自分の苦境などお構いなしの妻と、家に来ては騒ぎ立てる妻の友人たちにうんざりしていたのでした。ある日曜日、彼らに我慢できなくなった彼は、ついに「出ていけ!」と怒鳴ったのですが、誰も出て行かないので、自分が出ていく破目となったのです。
●『パイクラフトの真実』
「『是が非でも体重を減らしたい』パイクラフトは丸々とした頬から息を吐き出しながら『なんとしても』とつけ加えた。
哀れなパイクラフト!彼はベルを鳴らした。またホットケーキをオーダーするつもりらしい」
パイクラフトが「私」と同じクラブに入り、向こうから近づいてきたのは、理由がありました。「私」の曾祖母が持っていた処方が目的だったのです。なめし革にヒンズー語で書かれたもので、その内容を教えて欲しいと、パイクラフトは言うのです。私は警告します。
「私の理解するかぎりこれは減量の処方だ。絶対だとは言い切れないが、まず間違いないだろう。私の忠告を聞いてこれには手を出さないほうがいい。自分の家系をけなすようなことをいうのが、私の祖先はかなり変な人たちだったらしい」
パイクラフトはそれでも、その処方をぜひ試したいと言うので、「私」も全文を読めるわけではないのですが、ヒンズー語を翻訳してやりました。しかし、腐った卵やガラガラ蛇の新鮮な毒のような変な材料を使うものでした。それを試したパイクラフトは、確かに、体重は減ったのですが...。
『メアリー・ポピンズ』の某キャラクタの元ネタがこんなところにあったとは!ちょっと驚きました。
●『ブラウンローの新聞』
「私」の友人の一人ブラウンローは、ある晩帰宅すると、いつも読んでいる<イヴニング・スタンダード>紙の代りに、<イーヴン・スタンダード>紙という聞いたこともない新聞が届けられていました。読んでも、内容がよく分かりません。そのうち気づきます。新聞の日付が1971年11月11日だったのです、今は1931年なのに。
お話の内容よりも、40年後の世界を、ウェルズがどう見ていたかという点が興味深いです。
●『故エルヴィシャム氏の物語』
「ぼく」エドワード・ジョージ・イーデンは、幼くして両親を亡くし、叔父に育てられました。叔父も4年前「ぼく」が18歳の時に亡くなり、少ないながらも全財産を残してくれたので、奨学金を得てはいましたが、生活を切り詰め、医師になるべく勉学に励んでいました。
ある日、骨と皮ばかりにやせ細った老人がやって来て、こう言います。
「君がわしに会ったことはなくとも、わしは君に会ったことがある。お話しできる場がどこかにないですかな?」
下宿部屋はみっともなさすぎるので、二人は老人の知っているレストランで、「ぼく」が「それまで味わったことのないすばらしい食事」を取った後で、老人は要件を切り出します。つまり、「もうすぐ遺産を遺して死んでいかなくちゃならないが、それを遺す子供がいない」ので、「大志を抱き、純粋な精神をもち、心身とも健全な若者を自分の相続人」にしたいと思い、そういう若者を探していたのだが、イーデンを候補として考えており、そのために、自分の信頼できる医師による健康診断を受けて欲しいというのです。言われるがまま、「ぼく」はその医師を訪問し「心身ともに健全」というお墨付きをもらいます。老人は再び「ぼく」の下宿を訪れ、その報告を聞いて満足し、自分のことをエルヴィシャムと名乗った上で、相続人が決まったお祝いの食事に誘います。ですが、これは罠でした。
収録作の中では、この作品だけ以前に読んだ記憶があります。なにかのアンソロジーだったと思いますが、そういう本に選ばれる資格十分です。
●『マハラジャの財宝』
ヒマラヤ斜面にある平野のラジャ(王)は、謁見の間の後ろの小部屋に、財宝を隠していることで知られていました。ただ、その財宝を見た者は誰もいませんでした。
「彼は日常の生活においても非常に信心深かった。行動においては迅速で、他人には予測がつかなかった。小さなことであっても彼と面と向かって盾突く者は皆無だった」
ラジャの統治は見事でしたが、財宝集めを始めたのは、金庫というものがインドに公に販売される前に、財宝用の金庫を仕入れた時からでした。初めのうちは、広大な領地を持つラジャだったので、誰もあまり気にしませんでしたが、次第に民に重税を課すようになり、外見にも判断力にも衰えが顕著になってくると、ラジャが独り占めしている財宝についてもいろいろな憶測が飛び交うようになります。そして、ついには側近によるクーデターが起こり、ラジャは殺されてしまいます。権力を取った者たちは、金庫を開けようとしますが、どうやっても開きません。さらに、彼らは仲間割れを起こし、お互いに殺し合うようになります。
はたして、ラジャの財宝とは何だったのでしょうか。
●『デイヴィドソンの不思議な目』
デイヴィドソンという男が、突然、他人の目が見えるものだけが見えるようになり、自分が実際にいる場所が一切見えなくなるという話です。どうも聞いたような話だなと思ったら、『アイズ』(1978年)という映画がありました。ヒロインのフェイ・ダナウェイが連続殺人犯の視点でものが見えるようになるという話で、しょうもない映画でしたが、原案はB級ホラー映画で有名なジョン・カーペンターとクレジットされていたものの、本当の原案は本作のようです。
●『アリの帝国』
本作のラストは、次のようになっています。
「もし現在の調子で進めば、1911年頃までにはカプアラナ支援鉄道を攻撃して、ヨーロッパの資本家たちの注目をいやでも集めることになるでしょう。そして1920年までにはアマゾンの半ばまでにやって来るにちがいない。アリたちがヨーロッパを発見するのは、遅くとも1950年から60年になることでしょう」
南米のアマゾン奥地で発生した、体長10センチもある持つ新種のアリが、人間を脅かすという話です。このアリは猛毒を持ち、人間や動物を襲って食べるのですが、まるっきりゾンビですよね。ゾンビのような生き物(?)の発想をウェルズが既にもっていたというのは興味深いです。なお、本作に発想を得たと思われる映画には、『黒い絨毯』(1954年)があります。
さて、この中からベストを選ぶとなると、『エピオルニス島』、『蛾』、『パイクラフトの真実』、『故エルヴィシャム氏の物語』を挙げておきます。収録作の傾向とすると、SFというより怪奇小説の趣が強いです。SF風怪奇小説の分野でも、ウェルズはパイオニアだったことが感じられます。
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「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
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- 出版社:岩波書店
- ページ数:365
- ISBN:9784003227633
- 発売日:1993年11月01日
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