PIOさん
レビュアー:
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博士論文をもとにした本。音楽教育は何を目指す?という観点から、戦前、戦中、戦後、現在の音楽教育を論じます。「情操」がキーワードだったとは!
戦後、音楽科の学習指導要領を手掛けたのは作曲家の諸井三郎で、それは「民間人の登用」を目指す進駐軍総司令部の意向だった、というところから話は始まります。
私にとっては、「へえ~。そうだったのか!」でした。
ドイツに留学してクラシック音楽や作曲法を学んできた諸井が目指したかったのは
「情操教育の手段ではなく、音楽そのものを目的とする芸術教育」。
クラシック音楽を理解できる社会(=聴衆)を育てようと目論んで、
音楽の美しさを理解し、感得するために、音楽を分析する力や批判的に聴く能力を育成しようとしたといいます。
戦前の「歌詞」で思想や教訓を注入しようとした唱歌教育に異を唱え、器楽演奏を重視。
ところが、文部省は「情操教育」としての音楽にこだわったため、学習指導要領にこの言葉を残さざるを得なかったのだそうです。
その後、「もはや戦後ではない」という時代となり、1957年には道徳教育の新設が議論されるように。
道徳の時間を設けるとなると、時間数を削減する科目が必要となるわけで、音楽、美術といった芸術科目が削減対象に。
1966年には「期待される人間像」というパラダイムが打ち出され、愛国心や遵法精神を重んじようとの気運が高まっていきます。
こうして、情操教育ブームが到来。
音楽に協調性や責任感を育てることを期待するという風潮に。
一方、教育現場では、諸井三郎の理念では「技術中心」の音楽になる、という問題意識、危惧がありました。そして、大阪を中心に
「そもそも楽譜に忠実に歌うことにこだわることが、教育上、本当に必要なのか」
という議論が起こり、
「従来の音楽教育の方法では声を出そうともしない子どもに焦点を当て、その子を含め誰もが声を出し、歌う」ための教材選びなどが始められたといいます。
「音楽教育」と一口にいっても、さまざまなスタンスが考えられるのですねえ。
楽譜どおりに歌っていなくてもいい。そこに子どもが参加し、感動を覚えることが一番!
……私にとっては結構ショッキングな見方でしたが、学校における「音楽教育」には、そんな立場もあるわけです。なるほど。
「学習指導要領 vs 教育現場」という構図から、
音楽教育が家永教科書裁判とも関係していたということも驚きでした。
本書の結論としては、
戦後の音楽教育は「情操」という曖昧な概念をうまく利用しながら、その存在意義を保ってきた
ということのようです。
そして、長らく「学校の中の音楽は、校門から外に出ることはない」点が批判されてきた点について、
昨今では、否定的には捉えず「学校音楽文化」として扱う動きも生まれているとか。
「道徳」「情操」「音楽」を近しいと捉える枠組みは戦前から通底するもので、危険性と可能性の両方を内包しているなあと感じました。
私にとっては、「へえ~。そうだったのか!」でした。
ドイツに留学してクラシック音楽や作曲法を学んできた諸井が目指したかったのは
「情操教育の手段ではなく、音楽そのものを目的とする芸術教育」。
クラシック音楽を理解できる社会(=聴衆)を育てようと目論んで、
音楽の美しさを理解し、感得するために、音楽を分析する力や批判的に聴く能力を育成しようとしたといいます。
戦前の「歌詞」で思想や教訓を注入しようとした唱歌教育に異を唱え、器楽演奏を重視。
ところが、文部省は「情操教育」としての音楽にこだわったため、学習指導要領にこの言葉を残さざるを得なかったのだそうです。
その後、「もはや戦後ではない」という時代となり、1957年には道徳教育の新設が議論されるように。
道徳の時間を設けるとなると、時間数を削減する科目が必要となるわけで、音楽、美術といった芸術科目が削減対象に。
1966年には「期待される人間像」というパラダイムが打ち出され、愛国心や遵法精神を重んじようとの気運が高まっていきます。
こうして、情操教育ブームが到来。
音楽に協調性や責任感を育てることを期待するという風潮に。
一方、教育現場では、諸井三郎の理念では「技術中心」の音楽になる、という問題意識、危惧がありました。そして、大阪を中心に
「そもそも楽譜に忠実に歌うことにこだわることが、教育上、本当に必要なのか」
という議論が起こり、
「従来の音楽教育の方法では声を出そうともしない子どもに焦点を当て、その子を含め誰もが声を出し、歌う」ための教材選びなどが始められたといいます。
「音楽教育」と一口にいっても、さまざまなスタンスが考えられるのですねえ。
楽譜どおりに歌っていなくてもいい。そこに子どもが参加し、感動を覚えることが一番!
……私にとっては結構ショッキングな見方でしたが、学校における「音楽教育」には、そんな立場もあるわけです。なるほど。
「学習指導要領 vs 教育現場」という構図から、
音楽教育が家永教科書裁判とも関係していたということも驚きでした。
本書の結論としては、
戦後の音楽教育は「情操」という曖昧な概念をうまく利用しながら、その存在意義を保ってきた
ということのようです。
そして、長らく「学校の中の音楽は、校門から外に出ることはない」点が批判されてきた点について、
昨今では、否定的には捉えず「学校音楽文化」として扱う動きも生まれているとか。
「道徳」「情操」「音楽」を近しいと捉える枠組みは戦前から通底するもので、危険性と可能性の両方を内包しているなあと感じました。
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主に小説、そして、クラシック音楽関連本を濫読している女性です。
ときどき新書、近現代史関連本にも食指を伸ばしております。(2017年8月に登録)
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- ページ数:0
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