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hackerさん
hacker
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「ドラッグ使用者はわたしが請ける案件の大きな割合を占める。依存症患者、年金生活者、自殺者は、死後発見されない確率の高い三大グループだ」(本書より)孤独死のあった部屋の特殊清掃人がヒロインの小説です。
2022年刊の本書が処女作の作者C.R.ロバートソンは、イギリスのスコットランドで20年以上のキャリアを持っていたジャーナリストです。現在までのところ、他には"The Trials of Marjorie Crowe"(2024年)を出しているだけです。まず、本書の内容を簡単に紹介します。


スコットランドのグラスゴーに住む一人称のヒロイン、グレイス・マーガレット・マクギルは、孤独死により遺体が長い間発見されなかった部屋の特殊清掃を生業とする個人事業主です。180センチ近い長身で、今までつきあったボーイフレンドは4人、対人関係を築くのが苦手で、友達らしい友達もいません。外見もあまりぱっとしません。

「背は少々高すぎ、身体は少々痩せすぎだ。髪は長すぎで、表情は常に実際の気持ちより不機嫌に見える。わたしの絵顔は、なんというか...おさまりが悪い」

愛していた母親は既に死に、母親を虐待していたアルコール依存症の父親とは別居していますが、今でもしょっちゅうグレイスを呼び出しては、家事や買い物をさせ、威張り散らしています。唯一愛し愛されていると感じるのは、一緒に住んでいる雄猫のジョージだけです。住んでいる町グラスゴーは、人口60万人強のスコットランド最大の都市ですが、「誰もが誰もを知っていながら、誰のことも誰も知らない」街で「隠れるには最適で、死ぬには寂しい場所」だと思っています。

ところで、特殊清掃と一言でいいますが、実は大変な危険が伴う仕事なのです。本書には、以下のような記述があります。

「血の染みが見えるのは悪いことのように感じられるかもしれない。でも、見えないほうがもっと悪い。染みが見えないと、血は取り除かれたのだと思ってしまう。ところが実はそうとは限らないのだ。血は表面よりずっと深いところまで浸透していける。するとそこに、ほとんどたまった状態になる。宅内の多くの部分は多孔質の素材でできていて、血が染みこんでくるのを口をあけて待っている。カーペット、木材、繊維、コンクリートなどはみんなそうだ。これらは永久に血を隠す。
そして血は、赤い色と同じく危険を意味する。流出した血には、B型肝炎やC型肝炎のウィルスをはじめ、ヒト免疫不全ウィルス、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌、ブルセラ病ウィルス、梅毒菌など、血液が媒介する病原体がひそんでいる危険性がある。そのため、血液を処理するときには、自分なりのチェックリストに沿って作業することにしている。リストはぜんぶで十項目からなり、流出した量が多かろうが少なかろうが、それが変わることはない。順にあげると、装着、除去、拭き取り、殺菌、再度拭き取り、廃棄、徐染、点検、洗浄、報告だ」

もちろん、仕事そのものが、まずは臭いがありますが、気持ちの良いものではありません。

「オーブンを清掃するときと同様、最もべとべとして気持ち悪くて厄介なのは脂だ。人間の体は、腐敗すると基本的に溶ける。脂となって漏れ出し、どこへなりと好きな場所へしたたり落ちていく」

ただ、それでも、グレイスはこの仕事が好きでした。他人と交わらないで仕事ができるということもありますが、読み進めていくうちに、孤独死でなおかつ遺体の発見が遅れるという行為若しくは結果は犯罪だと感じていることと、そうやって死んでいった人間への鎮魂の意味が込められていることが、分かってきます。それと、やはりそういう死に方をした人間のことが気になるのです。

「血液や体脂は意識から消せる。対処できる。それが仕事だから。どうしても消せないのは人のことだ。さっきからずっと考えている。命を失う可能性があるとわかっている生き方を選んで、若くして死んでいくのと、もっと健全な道を選んで長生きをしながら、だれも気遣ってくれる人のいない中で死ぬのと、どちらが悲劇的なのだろうか?優劣をつけるような問題ではないし、そもそもそんなことはどっちだっていいのかもしれない。それでも、問わずにはいられない」

そういうこともあって、時としてグ、レイスは自分が手がけた部屋の精巧なミニチュアを作っていました。それは一種のアートですらあったのですが、他人にひけらすことはせず、たまたまその写真を見た新聞記者から執拗にインタビューを求められていましたが、頑なに拒否していました。

グレイスは、ある日、トマス・アグニューという半年ぐらい前に孤独死した男の部屋の特殊清掃を引き受けます。清掃を終えたあと、グレイスは故人の遺品をいくつか持ち帰ることにします。ちょっと驚いたのは、個人が何年分かの古新聞をとってあることでした。その中でも、一番古いものが1964年8月28日付の新聞だったのですが、それ以降に発行された新聞が8部丁寧に保管されていることに気づき、それを持って帰ります。他に、枕元にあったしおれたデイジーやチェスト上の写真立て、壊れた額なども持ち帰りました。

実は、トマス・アグニューには連絡がつく親族がおらず、公費で埋葬がなされるものとばかりとグレイスは思っていたのですが、何者かがその費用を振り込んでいたことが分かります。孤独死の結果、公費で葬儀を行うことは珍しくなく、そういう時には必ず参列するようにしていたグレイスは、興味を惹かれ、トマスの葬式にも参列します。他にやって来たのは二人の老人だけでした。グレイスはトマスの遠縁の親戚のふりをして、ジャッキーとボブという名の二人を通夜代わりのパブのランチに誘います。実は、壊れた額にはトマスの他に4人の男性が映った古い白黒写真があり、この二人の若い頃の顔もその中に認められたのです。グレイスは、その写真の場所が過去に行ったことのあるスコットランドのロスシー島であることが分かっていたので、さり気なく、その写真と若い頃にロスシー島に行ったのかと話題にします。ところが、二人とも、若い頃にトマスとロスシーに言ったことを覚えていないと言うのです。さらに、葬儀代はどちらが払ったのですかと聞くと二人とも否定します。グレイスは1964年8月28日にロスシー島で、彼らが何をしたのか、あるいは何があったのか、不審に思うようになりました。


さて、ここまで説明してくると、過去にあった事件の真相を探るミステリーと思われるでしょう。それは間違っているわけではありませんが、実は、半ば過ぎあたりから、本書はとんでもない展開を見せます。ちょっと呆然とするほどです。そして読み終ってみると、全体の印象は、途中まで抱いていたものとは、がらりと変わってしまいます。ネタバレになってしまうので、詳しくは語れないのですが、これが本書の最大の魅力です。フレッド・カサックの傑作『殺人交叉点』(1957年)のような騙し方と違うのは、こういう一種のトリックよりも、グレイスの内面を描く方に作者の興味があったからでしょう。それゆれ、まだ結末まで間があるにもかかわらず、手の内を見せてしまう構成を採ったのだと思います。

なお、ビートルズの『エリナー・リグビー』が、作中に重要なモチーフとして使われています。そのリフレインを思い出すだけで、本書の真のテーマは分かると思います。

"All the lonely people
Where do they all come from?
All the lonely people
Where do they all belong?"

そして、エンディングも。

"Eleanor Rigby, died in the church
And was buried along with her name
Nobody came

Father McKenzie, wiping the dirt
From his hands as he walks from the grave
No one was saved"
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2366 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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