菅原万亀さん
レビュアー:
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子どもにとって、本当にふさわしい児童文学とはどのようなものなのか──児童文学に関する古典的名著

1932年にフランスで発行されたこの本は、
「児童文学についてのきわめて啓蒙的な書」であり、
日本でも1957年に第一刷が発行されている。
この種の本のなかでも古典的名著、と言ってもよいのではないだろうか。
著者・ポール・アザールは、その代表的著書が
『ヨーロッパ意識の危機』(1935年)であることからも分かるように、
児童文学の専門家というより広く文学・思想史を生涯に渡って
研究した思想家といえる。
その意味で、この本は彼の仕事全体からみると、片手間、
とまではいえないまでも、少なくとも本流の仕事ではないと思うのだが、
実際に読んでみると、その熱量に圧倒される。
子どもの本について、これほどまでに本気で、
ハンパないエネルギーをもって語られた本も、
洋の東西を問わず、あまりないのではないかと思う。
彼の中の何が、子どもと児童文学のために
ここまで言葉を尽くさせたのかは分からないが…
とにかく、子どものための本とは如何にあるべきなのかを、
アザールはこの本の中で徹底的に語り尽くしている。
全体的な量としては250頁と、それほどのボリュームではないように思われるが、
大切だと思える部分に傍線を引く(あるいは付箋を立てる)と、
かなりの部分にチェックを入れることになってしまったので、
とても密度の高い内容だと個人的には強く思う。
全体は五章に分かれていて、それぞれの章のテーマは次の通り。
第一章 大人が長いあいだ子どもを圧迫したこと
第二章 子どもが大人から身を守ったこと
第三章 南国に対する北国の優越性について
第四章 民族的な特色
第五章 人類の意識
ポール・アザールはフランス人故、ヨーロッパの歴史と宗教、
そして思想・文化をベースにして、ヨーロッパ各国の子どもが置かれた状況と、
それに応じて生まれた児童文学を中心に語っている。
したがって、これがアジア、そして日本における児童文学の実情に
そのまま当てはまるものではないのは当然なのだが、
それにしても、この作者、当時のヨーロッパの子どもたちの置かれた状況と、
児童文学の在り方について──かなり、怒っている。
アザールは、子どものもつ「若々しい心」──「自由の感覚」と
「遊びの楽しさ」を奪い取る大人の考え方、
そしてそれが反映された子ども向けの本を徹底して否定する。
アザールは、多くの大人たちが、子どもを「小さな大人」と見なし、
大人として生きていくために必要な知識や技術、
道徳などの価値観を、なるべく早く効率的に学ばせ、
彼らの是とする社会に適応できる人間を創り上げるための本を作り、
それを与えてきた、と指摘する。
それでは、アザールの考える子どもという存在、
そして彼らが健やかに生きていくための子どもの本とは、
どのようなものなのだろうか。
少し長いが、その熱量も一緒に感じてほしいので引用する。
やや抽象的な感があると思われるかもしれないが、
アザールは本書の中で、もちろん、具体的な作品名や作家名をあげて、
彼の是とする子どもにとって大切だと思われる作品を紹介している。
その中には、今でも変わらず読み継がれている古典的名作も名を連ねている。
(たとえば、ガリバーやロビンソン・クルーソー、
そして、物語だけでなく、マザーグースなどの詩や子守歌なども)
そして何より、驚きだったのは、この時代に、作者が、
子ども自身の、物語を見る目や選ぶ力を高く評価していることだ。
そしてそれは、子どもという存在そのもに対する絶対的な信頼でもある。
優れた児童文学者や、その他の子どもの本に関する仕事を、
実際に子どもに寄り添いながら成してきた人たちは、
ほぼ全てといってよいほど、子どもたちを、未熟なもの、
大人なよりも劣った人間として見下している人はいない。
アザールもその例外ではなく(というより先陣を切って)、
子どもの感性や枠に囚われない好奇心、そして無限の想像力を
実際に目の当たりにして衝撃を受けたに違いない。
さらに興味深かったのは、私たち日本人についても馴染み深い、
アンデルセン童話やグリム童話についての言及だ。
アザールのこれらの作品についての記述を読むと、
これらの物語の語っていることの深さに対する自分の理解度が、
まだまだ浅いものだったとうことを、個人的には思い知らされた感がある。
本書の後半を占める、ヨーロッパの国々の民族性や、
そこから生れた思想、そして文学の違いなどを読むと、
日本、あるいはアジアから見れば、そんなに変わらないと思われる
西欧それぞれの国民性の違いが、これもまた熱く語られていて興味深い。
アザールの指摘している内容が、すべて当たっているのかどうかは
分からないが、文学も世界も、どこまでも奥深く、
多様性に満ちているということだけは理解できる。
アザールがここで紹介してくれている児童文学作品を、
すでに子どもではなくなった今読み返してみても、
その本当の価値は分からないのかもしれないが、
それでもなお、作品名や作家名だけ知って、
分かった気になっていた児童文学の古典を、
少しずつ読み返してみたいと思った。
本書は、児童文学についてそこそこ通じていると
自認しておられる方にこそ読んでほしい古典的評論集だ。
きっとアザールの熱い言葉を読むことによって、
知らないうちに凝り固まった子ども観・文学観に
喝を入れられるに違いない。
そして読後また、新たな気持ちで、子どもの本、そして文学に
向き合うことができるのではないだろうか。
「児童文学についてのきわめて啓蒙的な書」であり、
日本でも1957年に第一刷が発行されている。
この種の本のなかでも古典的名著、と言ってもよいのではないだろうか。
著者・ポール・アザールは、その代表的著書が
『ヨーロッパ意識の危機』(1935年)であることからも分かるように、
児童文学の専門家というより広く文学・思想史を生涯に渡って
研究した思想家といえる。
その意味で、この本は彼の仕事全体からみると、片手間、
とまではいえないまでも、少なくとも本流の仕事ではないと思うのだが、
実際に読んでみると、その熱量に圧倒される。
子どもの本について、これほどまでに本気で、
ハンパないエネルギーをもって語られた本も、
洋の東西を問わず、あまりないのではないかと思う。
彼の中の何が、子どもと児童文学のために
ここまで言葉を尽くさせたのかは分からないが…
とにかく、子どものための本とは如何にあるべきなのかを、
アザールはこの本の中で徹底的に語り尽くしている。
全体的な量としては250頁と、それほどのボリュームではないように思われるが、
大切だと思える部分に傍線を引く(あるいは付箋を立てる)と、
かなりの部分にチェックを入れることになってしまったので、
とても密度の高い内容だと個人的には強く思う。
全体は五章に分かれていて、それぞれの章のテーマは次の通り。
第一章 大人が長いあいだ子どもを圧迫したこと
第二章 子どもが大人から身を守ったこと
第三章 南国に対する北国の優越性について
第四章 民族的な特色
第五章 人類の意識
ポール・アザールはフランス人故、ヨーロッパの歴史と宗教、
そして思想・文化をベースにして、ヨーロッパ各国の子どもが置かれた状況と、
それに応じて生まれた児童文学を中心に語っている。
したがって、これがアジア、そして日本における児童文学の実情に
そのまま当てはまるものではないのは当然なのだが、
それにしても、この作者、当時のヨーロッパの子どもたちの置かれた状況と、
児童文学の在り方について──かなり、怒っている。
アザールは、子どものもつ「若々しい心」──「自由の感覚」と
「遊びの楽しさ」を奪い取る大人の考え方、
そしてそれが反映された子ども向けの本を徹底して否定する。
大人たちは、自分たちのことを書いた本、それも自分たちの属性、
つまり実際的な感覚とか、知識とか、偽善とか、関節不随とかを
ただ乱雑にぶちまけたような本を、子どもたちに与えてきた。(中略)
大人たちは子どもに必要な本を与えることを拒んで、
逆に、子どもがいやがるようなものをあてがってきた。
子どもの魂を晴れやかにする物語のかわりに、
大人たちはいきなり、重苦しい消化のよくない知識や、
高飛車な道徳をもりこんだ書物をあてがってきたのだった。
アザールは、多くの大人たちが、子どもを「小さな大人」と見なし、
大人として生きていくために必要な知識や技術、
道徳などの価値観を、なるべく早く効率的に学ばせ、
彼らの是とする社会に適応できる人間を創り上げるための本を作り、
それを与えてきた、と指摘する。
それでは、アザールの考える子どもという存在、
そして彼らが健やかに生きていくための子どもの本とは、
どのようなものなのだろうか。
少し長いが、その熱量も一緒に感じてほしいので引用する。
わたしは芸術の本質に忠実である本を愛する。
それはどういう本かというと、直観に訴えて、
じかに物を感じとる力を子どもたちに与えてやるような本、
つまり、子どもたちでも読んですぐ理解できるような
簡素な美を持っている本、それを読んだ子どもたちが、
深い感動で身も心もうちひしがれ、一生その思い出を
心にしまっておけるような本、そういう本である。(中略)
真に子どものものである幽玄不可思議なお伽の世界、
子どもたちを解放し、喜ばせ、幸福にさせる映像、
またたくうちに子どもの上に襲いかかって、
彼らを現実の世界の掟に縛ってしまうあの時というものから、
彼らを守ってやるお伽の世界、それを子どもに与える本を私は愛する。
やや抽象的な感があると思われるかもしれないが、
アザールは本書の中で、もちろん、具体的な作品名や作家名をあげて、
彼の是とする子どもにとって大切だと思われる作品を紹介している。
その中には、今でも変わらず読み継がれている古典的名作も名を連ねている。
(たとえば、ガリバーやロビンソン・クルーソー、
そして、物語だけでなく、マザーグースなどの詩や子守歌なども)
そして何より、驚きだったのは、この時代に、作者が、
子ども自身の、物語を見る目や選ぶ力を高く評価していることだ。
子どもたちは、自分たちが読みたいと思っている本のなかで、
最もすぐれたもの、最も有名なものをよく知っていて、
力づくでそれを手にいれてきた。
それらの本の作者たちはただ大人の読者だけを考えにいれて
書いたのであるが、子どもたちはそれを自分たちの手に
奪いとってきたのである。
そしてそれは、子どもという存在そのもに対する絶対的な信頼でもある。
子どもたちは、本能的に生命にひきつけられる。
彼らはその生命を大切に守り育ててゆかなければならない。
そして世のなかには、その生命を意義のあるものにする
さまざまの価値がある。
子どもたちは、生命にひきつけられたときと同じ衝動にかられて、
それらの価値、道徳的価値や、何百年にもわたる経験をとおして、
生命の最良の保護者であることを立証した社会的価値にひかれていく。
優れた児童文学者や、その他の子どもの本に関する仕事を、
実際に子どもに寄り添いながら成してきた人たちは、
ほぼ全てといってよいほど、子どもたちを、未熟なもの、
大人なよりも劣った人間として見下している人はいない。
アザールもその例外ではなく(というより先陣を切って)、
子どもの感性や枠に囚われない好奇心、そして無限の想像力を
実際に目の当たりにして衝撃を受けたに違いない。
子どもというものは、たしかに子ども独特の直観を持っていて、
それによよって、彼らはよく偉大な魂に直接触れることが
できるのである。
一見人間ぎらいのように見える男が、実はその心のなかに
絶望的な愛情を持っているということを、おそらく彼らは
嗅ぎつけていたのではあるまいか。(『ガリバー旅行記』についての言及)
さらに興味深かったのは、私たち日本人についても馴染み深い、
アンデルセン童話やグリム童話についての言及だ。
アザールのこれらの作品についての記述を読むと、
これらの物語の語っていることの深さに対する自分の理解度が、
まだまだ浅いものだったとうことを、個人的には思い知らされた感がある。
本書の後半を占める、ヨーロッパの国々の民族性や、
そこから生れた思想、そして文学の違いなどを読むと、
日本、あるいはアジアから見れば、そんなに変わらないと思われる
西欧それぞれの国民性の違いが、これもまた熱く語られていて興味深い。
アザールの指摘している内容が、すべて当たっているのかどうかは
分からないが、文学も世界も、どこまでも奥深く、
多様性に満ちているということだけは理解できる。
子どもたちの本は、東から西から、北や南からやってくる。
それらを自分の国の最もずぐれた本と同じように、
時にはそれ以上にすばらしいと思って読まないような子どもは
ひとりもいないだろう。
それほど、子どもたちの社会は寛容で、そこには国境というものがないのだ。
アザールがここで紹介してくれている児童文学作品を、
すでに子どもではなくなった今読み返してみても、
その本当の価値は分からないのかもしれないが、
それでもなお、作品名や作家名だけ知って、
分かった気になっていた児童文学の古典を、
少しずつ読み返してみたいと思った。
本書は、児童文学についてそこそこ通じていると
自認しておられる方にこそ読んでほしい古典的評論集だ。
きっとアザールの熱い言葉を読むことによって、
知らないうちに凝り固まった子ども観・文学観に
喝を入れられるに違いない。
そして読後また、新たな気持ちで、子どもの本、そして文学に
向き合うことができるのではないだろうか。
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読むことも書くことも孤独な作業ですが、言葉はいつも語られ受け取られるためにあるものだと思っています。誰かに喜んでもらえる言葉を語ることができれば嬉しいです。できることならば…。
近・現代日本文学を中心に、外国文学、児童文学、医療・健康関係の本、必要に応じて読んだ実用書などについて書いていきたいと思っています。
不定期でアロマテラピーインストラクター、セラピストの仕事をしています。
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- 出版社:紀伊國屋書店
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- ISBN:9784314000031
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