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タカラ~ム
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価格もボリュームも圧倒的だが、それに見合うだけの読み応えがあるチャーリー・カウフマンの初小説
総ページ数620ページ超かつ上下二段組、そして本体価格税込み15,400円。チャーリー・カウフマン「アントカインド」は、物理的にもだが、内容についても圧倒的なボリュームの作品だった。

著者のチャーリー・カウフマンは本書が初の小説作品だが、映画の脚本家としては数々の実績があり、主な脚本作品としては「マルコヴィッチの穴」やアカデミー賞脚本賞を受賞した「エターナル・サンシャイン」などを手掛けている。最近では、Netflix独占作品の「もう終わりにしよう」を監督・脚本している。

「アントカインド」は、映画批評家のバラム・ローゼンバーガー・ローゼンバーグの語りで進行していく。彼は、映画研究のためにセントオーガスティンという街を訪れるのだが、拠点として借りたアパートである運命的な出会いをする。隣人であるインゴ・カットバースという老人との出会いだ。

まず、このバラム・ローゼンバーガー・ローゼンバーグという人物が個性的だ。性別を曖昧にするために自身の名前を“B”とだけ表記し、B・ローゼンバーガー・ローゼンバーグとしている。ジェンダーに対して異常に神経質で、ジェンダーの中立性を気にするあまりにところどころで変な表記が登場する。he/sheといった代名詞の代わりに“thon”というジェンダー中立代名詞を愛用している(“彼他”と訳されている)。他にも“マン”ホールを“パーソン”ホールと言ったりしていて、そこまでいくとさすがに過剰である。映画批評家としてはかなりの辛口で、中でもチャーリー・カウフマンをボロカスにけなしているのが自虐的で面白い。物語の主人公キャラとしては強すぎるインパクトであろう。

話をストーリーに戻す。Bは、アパートの隣室に住む老人インゴが映画を自主制作していることを知る。しかもその映画は、90年という歳月をかけて制作した作品であり、上映時間は90日だという。もし本当ならば世界最長の映画として大発見だ。Bは、インゴに頼み込んでその映画を見せてもらうことになる。上映にあたってはルールが厳密に定められていて、食事、トイレ、睡眠の時間もあらかじめ決められている。Bは、そのルールに沿って90日に及ぶ上映に臨む。

しかし、上映17日目にインゴが急死する。それでも、Bは最後までインゴの映画を見て傑作であることを確信し、作品を世に出すためにインゴが残したフィルムなどをトラックに積み込んで持ち帰ることにする。だが、その途中でトラックが燃えてフィルムはすべて焼失。Bも重体となり3ヶ月生死の境をさまよった末に一命はとりとめたが映画の記憶を失ってしまう。どうにかしてインゴの映画を思い出そうと考えたBは、催眠療法を受けることとなる。

ここまででも十分に読ませるが、まだ物語の序盤にすぎない。本番はむしろここからである。話は次第に現実と夢、記憶と妄想の境界が曖昧なカオスな世界へと歩みだしていく。

映画を思い出すための催眠療法の中で、Bは失われた映画を再構築するために記憶の奥底へと潜り込んでいく。だが、その過程で現れるのは、映画の記憶だけでない。

あるとき、Bの前にあらわれたのはアビサ(フルネームは、アビサ・L・X・一万四千五)と名乗る未来人。彼女は、未来の映像技術らしいブレイニオで作品を作っているらしく、その作品で翻案ブレイニオ賞を狙っているという。だが、今のところアビサの作品は“翻案”にはなっていない。なぜなら原作となる小説がないからだ。アビサは、Bに原作となる小説を書いてほしいという。
「あなたのブレイニオはどんな話なんですか?」と私は訊く。
「ドナルド・トランク大統領の暗殺」
「トランプ」
「え?」
「トランクじゃなくてトランプ」
「それは違う。私もかなり調べたんだから、未来の人はトランクだと思ってる。トランプだと思ってる人なんていない。私はちゃんと確認した。彼が自分の名前を大事にしてたことも知ってる」

こんな具合に、話はドンドンとカオスな方向へと膨張していく。催眠療法を受けているBが、催眠中に体験する出来事と覚醒時に体験する出来事が、いつの間にか混じり合い、物語の世界は少しずつ狂っていく。物語後半の展開は、カオスの奔流である。

物理的なボリュームとカオスな世界観もあいまって、ストーリーを追うのは簡単ではない。特に中盤以降のBの脳内が暴走し、現実と幻覚がぐちゃぐちゃと引っ掻き回されるようになって以降は、読者もBとともにカオスの中へ引きずり込まれていくことになる。だが、このBの妄想が次々とあらわれ、何がなんだかわからないままにその勢いに飲み込まれていくというカオスな展開こそが読者を惹きつける魅力なのだ。そういう意味では、「アントカインド」という小説は巨大な迷宮なのだと思う。ストーリーの整合性よりも、作品世界の不確実性や狂気を感じさせる作品だと感じた。
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タカラ~ム
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