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ゆうちゃん
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夏目漱石とも交流のあったことで有名な明治の科学者、寺田寅彦の科学エッセイ。身近なものに興味を持つことの大切さを説き、自ら実践する内容である。新しい研究テーマの提案も豊富である。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

この書評は、「科学道100冊2019」に挑んでみる!?への参加書評です。

寺田寅彦は明治時代の物理学者。夏目漱石との親交でも知られ、「吾輩は猫である」に登場する水島寒月のモデルとしても有名である。本書は、寺田寅彦が書いた300程の随筆から、現代でも十分通用する話題で、彼の鋭い感覚が感じ取れるものや科学の研究が浮かび上がるものを編者が選んでいる(本書では38編が引用されている)。
一読して思うのは、不思議と思う心(好奇心)の大切さを説いた部分である。この随筆には、それを自ら実践したような内容や新しい研究主題としてどうか?と提案しているものも含まれている。好奇心の大切さは、例えば「化け物の進化」では河童や雷神などを持ち出し、そう言うものをきっかけに研究が進むこともあると言っている。「化け物がないというのは却って本当の迷信で、宇宙は永久に怪異に充ちている。今の世に最も多くの神秘の世界に出入りするものは、世間からは物理学者と呼ばれる科学研究者ではあるまいかと著者は時々密に想う(129頁)」。「こわいものの征服」では、幼い頃に地震や雷を怖いと思いそれを探究することで、克服していったと言っているし、「科学者とあたま」では科学者は単に頭が良いだけではだめで、当たり前と思っていることも愚直に調べていく姿勢が必要だと言っている。この辺りはノーベル賞受賞者の発言と重なる気もする。これらを踏まえて「人魂の一つの場合」では、最近の子供は人魂を怖がらず、怖いものを探究する機会を逸して可哀そうだと言っている。
本書で提案されている研究テーマも、全て日常から見つけたもので、例えば、線香花火の玉から発する火花のでき方(線香花火)、金平糖の角の数を作る規則(金平糖)、落葉の過程の物理学・生物学的な説明(藤の実)、涼しいという感覚が日本特有である地理的条件の研究(涼味数題)、発光現象の生理的認識の究明(人魂の一つの場合)、鳥の鳴き声が高度を認識しているのではないかという問題提起(ほととぎすの鳴き声)。鳶が地上の小さいものをめがけて急滑降出来る理由(鳶と油揚げ)、とんぼは同じ向きにほぼ揃って止まることが多いが、その要因の究明(とんぼ)など。以前、新聞で読んだ高校生の研究テーマで「茶柱の立つ条件」と言うものあったが、寺田寅彦がそれを読んだら喜ぶだろう。落葉の過程の物理学・生物学的な説明は、研究されていると思うが、中には未解明のものもあるのではないか。
日常の鋭い観察や考察は、本書に豊富である。蓑虫とそれに寄生する蜘蛛の話(蓑虫と蜘蛛)、満員電車と空いた電車に関する考察(電車の混雑について)、その他、庭の植物や湯飲み、虫や星に関する観察や考察が出ている。
生物に対する思いやりもある。鎖で縛られた象の心中を推し量ったもの(解かれた象)、刺されたら嫌だろうに、自宅の庭に蜂が巣を一生懸命作ったので壊すのに忍びないと言っている(蜂)。
天災は忘れた頃にやってくる、と言ったのは確か寺田寅彦ではないかと思うが、まさにそのことを書いたのが「津波と人間」である。津波は、台風などと違い、災害間隔が長いので、防災の備えを記憶させるのが難しいと言っている。これなど昨日の新聞に出ていてもおかしくない文章である。
単なる思い出の随筆もある。「思い出草」、「匂いの追憶」、「昼顔」、「のうぜんかずら」など。「のうぜんかずら」では小学校時代、速度計算が全く分からなかったと書かれていて、寺田寅彦ほどの人物が、と思わず笑ってしまう。だが、この分類で一番のものは「夏目漱石先生の追憶」である。実は本書の中で一番長い随筆である。高校時代に俳句をきっかけに交流が生まれたこと、有名になった漱石に作品の材料を提供したこと、有名になってしまったことでストレスを抱え、早死にしてしまい惜しいことをした、など。

寺田寅彦は、科学者でありながら、漱石との親交を得て、文学にも明るい。高校時代には漱石から英文学を直接教わっている。本書を読めば、彼が文理両道を目指したのは明らかである。最近は、文科省からリベラルアーツ軽視の発言を聞くが、そう言う発言や企画をする役人に読ませたい本である。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1673 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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