ゆうちゃんさん
レビュアー:
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エルルモン侯爵の失われた遺産を横盗りしようと企むリュパンの許に金髪の美女が家を間違えて訪ねて来た。彼女はエルルモン侯爵の私生児である。それをきっかけにリュパンは、謎の遺産をめぐり、警察、悪党と闘う。
リュパン・シリーズの長編、第十四作目。
冒頭は、15年前のオーベルニュのボルニクの城館での悲劇の場面である。ジウベル夫妻がここの持主で、何人かの招待客の中にはエルルモン侯爵、有名な歌姫エリザベート・オルネンもいた。エルルモン侯爵は城館のテラスから見える小さな谷を挟んだ廃墟の小丘でエリザベートに一曲歌って欲しいと頼む。エリザベートは承諾し、エルルモン侯爵が途中まで導き侯爵が席に戻ると、彼女は廃墟の丘で歌い始めた。ところが、彼女は突然、閃光と共に倒れ、彼女の肩の上、咽頭部に血が流れ、首飾りがなくなっていた。間もなく彼女の死亡が判明した。ジウベル夫妻はそこを売り払い、誰ともわからぬ者に売却された。買い主は、年に一度訪れるだけ、使用人は解雇され、城館は門番が厳重に警護して誰も入れない。
その15年後、金髪の若い女性がサン・ラザール駅に降り立った。彼女は警察に尾行されていたが、それにも気づかない。警察ではその女を、悪党のポール親分の情婦、金髪のクララだと見なしていた。彼女は、セーヌ河沿いのボルテール河岸通り63番地に住むエルルモン侯爵を訪ねた。ところが、彼女は二階のエルルモン侯爵と中二階のラウール氏ことリュパンの住居を取り違えてしまった。一目見て彼女を気に入ったラウールは、中に招き入れた。そこに金髪の若い女性を尾行してきたゴルジュレ警部が踏み込んだ。ラウール氏は何時も示す才能を発揮して警部をうまく追い返した。若い女性はお礼も言わずに、本来訪ねたかったエルルモン侯爵の所に向かった。彼女は、母の手紙を取り出して自分の母とエルルモン侯爵に縁があったと言う。エルルモン侯爵は、身に覚えがあり、若い頃のご乱行の結果として生まれた娘だと悟る。取り敢えず、彼女を使用人として雇い、今後の身の振り方を相談してゆくことにして、今日の所は引き取ってもらった。
ラウールは、エルルモン侯爵がその目撃者となった悲劇と、その後の侯爵の窮乏を知り、中二階を借りた上、手下のクルビルを侯爵の秘書に送り込んでその動向を探っていた。エルルモン侯爵の祖先はインドでかなりの財宝を得て帰国しており、今の窮乏は説明がつかない。ラウールの睨むところでは、失われ、本人も取り戻しに必死となっている隠れた遺産があるようだ。ラウールはそれを横取りしようと思っていた。その晩、エルルモン侯爵のところに忍び込み机を漁ると沢山の女性の写真を見つけた。中のひとつが、昼間、間違えて訪ねて来た若い女性そっくりで、彼女が侯爵の未認知の娘だと知った。その時、外から侵入してくる音を聞いた。電気を消して待っていると、侵入者の持っていた懐中電灯の灯りで照らされた顔は昼間会った女性の顔だった。彼女もラウールと同じ様に机を漁り写真を見て、物思いにふけっていた。ラウールは灯りを点けて、警察の尾行から助けたことについて話すが、娘はそんなことは知らないと言い張る。ラウールは取り敢えず彼女に再会することと自分を信頼することを約束させた。彼女はここを訪ねて来た時にポール親分の手下を見た気がすると言う。ラウールは彼女を送って建物の外に出たが、案の定、ポール親分とその手下が娘を襲って来た。ラウールは彼らを格闘したが、金髪の娘はその間に逃げてしまう。この格闘でラウールはポール親分が自分と同じようにエルルモン侯爵の財産を調べているバルテクスと言う名の男だと知った。実は彼は城館の悲劇の歌姫エリザベートの甥だった。
数日後、エルルモン侯爵と金髪の若い女性はボルニクの城館にいた。実は城館の知られざる購入者とはエルルモン侯爵だった。侯爵の財政状態は良くなく、とうとう、ここを競売することにした。ラウールもそれに参加して95万フランで落札する。そして、エルルモン侯爵と金髪の女性と三人で会談した。ラウールは、エルルモン侯爵に25日後の7月3日水曜の4時にエリザベートの悲劇の解明と侯爵の遺産の取り戻しを報告することになるだろうと、ここで落ち合うように約束させた。侯爵は半信半疑だったが、ここにラウールことリュパンと、ポール親分ことバルテクス、そして警察のゴルジュレ警部、謎の金髪の娘の闘争が始まった。
リュパンもののヒロインは、リュパンに恋され、庇護の許に置かれるのが通常のパターンだが、そのパターンから外れる萌芽は「水晶の栓」のクラリッスに見られる。彼女は当初は、必ずしもリュパンの庇護を喜んでおらず何等かの謎を抱えている。「虎の牙」のフロランスは物語の結末近くまでリュパンを信用しないが、このパターンをもっとプロットに活かしたのが「緑の目の令嬢」のオーレリーであり、こちらは、ヒロインの謎とミステリ・プロットが融合した佳作と言える。本書は、これを更に発展させたもので、金髪の女性もリュパンをなかなか信用しない女性であるものの、謎を抱えたリュパンに頼らない女性として「緑の目の令嬢」と別の優れたパターンをうみだしている。筋書きは相変わらず強引ではあるが、ルブランの小説プロットの優れたアイデア性の証となる後期の傑作ではないかと思われる(蛇足だが、自分はこの作品を読んでルイス・ブニュエルのある映画作品を思い出した)。
本書は、金髪の女性の謎とエルルモン侯爵の財産をめぐる謎に加え、冒頭の歌姫エリザベートの悲劇の謎の解明も主題である。ネタバレになるのであまり詳しく書けないが、これはある自然現象を用いたトリックと言える。「ヴァン・ダインの二十則」などを持ち出すと、この「トリック」はどうかと思う向きもあるかもしれないし、科学的にリュパンが示す「証拠」が果たして本当に存在し得るのか疑問ではあるが、他作品にもみられる科学をミステリに取り入れようとするルブランの先見性は評価すべきである。ひとつだけ付言すると、自分は、この小説に描かれたエリザベートの悲劇の「トリック」の事例に非常に近いものをテレビの科学番組で見たことがある。それは対象が人間ではなく、家屋だった。なお、リュパンはこのトリックの説明で警察官ベシゥーが初めて登場した「バーネット探偵社」の中のある事件を引き合いに出しており、少なくとも「バーネット探偵社」以降の事件であることをうかがわせる。事件発生年代の手掛かりは少ないが、ここ三作共演しているベシゥーとの最後の事件である前作「バール・イ・ヴァ荘」の直後の事件と考えるのが妥当だろう。
冒頭は、15年前のオーベルニュのボルニクの城館での悲劇の場面である。ジウベル夫妻がここの持主で、何人かの招待客の中にはエルルモン侯爵、有名な歌姫エリザベート・オルネンもいた。エルルモン侯爵は城館のテラスから見える小さな谷を挟んだ廃墟の小丘でエリザベートに一曲歌って欲しいと頼む。エリザベートは承諾し、エルルモン侯爵が途中まで導き侯爵が席に戻ると、彼女は廃墟の丘で歌い始めた。ところが、彼女は突然、閃光と共に倒れ、彼女の肩の上、咽頭部に血が流れ、首飾りがなくなっていた。間もなく彼女の死亡が判明した。ジウベル夫妻はそこを売り払い、誰ともわからぬ者に売却された。買い主は、年に一度訪れるだけ、使用人は解雇され、城館は門番が厳重に警護して誰も入れない。
その15年後、金髪の若い女性がサン・ラザール駅に降り立った。彼女は警察に尾行されていたが、それにも気づかない。警察ではその女を、悪党のポール親分の情婦、金髪のクララだと見なしていた。彼女は、セーヌ河沿いのボルテール河岸通り63番地に住むエルルモン侯爵を訪ねた。ところが、彼女は二階のエルルモン侯爵と中二階のラウール氏ことリュパンの住居を取り違えてしまった。一目見て彼女を気に入ったラウールは、中に招き入れた。そこに金髪の若い女性を尾行してきたゴルジュレ警部が踏み込んだ。ラウール氏は何時も示す才能を発揮して警部をうまく追い返した。若い女性はお礼も言わずに、本来訪ねたかったエルルモン侯爵の所に向かった。彼女は、母の手紙を取り出して自分の母とエルルモン侯爵に縁があったと言う。エルルモン侯爵は、身に覚えがあり、若い頃のご乱行の結果として生まれた娘だと悟る。取り敢えず、彼女を使用人として雇い、今後の身の振り方を相談してゆくことにして、今日の所は引き取ってもらった。
ラウールは、エルルモン侯爵がその目撃者となった悲劇と、その後の侯爵の窮乏を知り、中二階を借りた上、手下のクルビルを侯爵の秘書に送り込んでその動向を探っていた。エルルモン侯爵の祖先はインドでかなりの財宝を得て帰国しており、今の窮乏は説明がつかない。ラウールの睨むところでは、失われ、本人も取り戻しに必死となっている隠れた遺産があるようだ。ラウールはそれを横取りしようと思っていた。その晩、エルルモン侯爵のところに忍び込み机を漁ると沢山の女性の写真を見つけた。中のひとつが、昼間、間違えて訪ねて来た若い女性そっくりで、彼女が侯爵の未認知の娘だと知った。その時、外から侵入してくる音を聞いた。電気を消して待っていると、侵入者の持っていた懐中電灯の灯りで照らされた顔は昼間会った女性の顔だった。彼女もラウールと同じ様に机を漁り写真を見て、物思いにふけっていた。ラウールは灯りを点けて、警察の尾行から助けたことについて話すが、娘はそんなことは知らないと言い張る。ラウールは取り敢えず彼女に再会することと自分を信頼することを約束させた。彼女はここを訪ねて来た時にポール親分の手下を見た気がすると言う。ラウールは彼女を送って建物の外に出たが、案の定、ポール親分とその手下が娘を襲って来た。ラウールは彼らを格闘したが、金髪の娘はその間に逃げてしまう。この格闘でラウールはポール親分が自分と同じようにエルルモン侯爵の財産を調べているバルテクスと言う名の男だと知った。実は彼は城館の悲劇の歌姫エリザベートの甥だった。
数日後、エルルモン侯爵と金髪の若い女性はボルニクの城館にいた。実は城館の知られざる購入者とはエルルモン侯爵だった。侯爵の財政状態は良くなく、とうとう、ここを競売することにした。ラウールもそれに参加して95万フランで落札する。そして、エルルモン侯爵と金髪の女性と三人で会談した。ラウールは、エルルモン侯爵に25日後の7月3日水曜の4時にエリザベートの悲劇の解明と侯爵の遺産の取り戻しを報告することになるだろうと、ここで落ち合うように約束させた。侯爵は半信半疑だったが、ここにラウールことリュパンと、ポール親分ことバルテクス、そして警察のゴルジュレ警部、謎の金髪の娘の闘争が始まった。
リュパンもののヒロインは、リュパンに恋され、庇護の許に置かれるのが通常のパターンだが、そのパターンから外れる萌芽は「水晶の栓」のクラリッスに見られる。彼女は当初は、必ずしもリュパンの庇護を喜んでおらず何等かの謎を抱えている。「虎の牙」のフロランスは物語の結末近くまでリュパンを信用しないが、このパターンをもっとプロットに活かしたのが「緑の目の令嬢」のオーレリーであり、こちらは、ヒロインの謎とミステリ・プロットが融合した佳作と言える。本書は、これを更に発展させたもので、金髪の女性もリュパンをなかなか信用しない女性であるものの、謎を抱えたリュパンに頼らない女性として「緑の目の令嬢」と別の優れたパターンをうみだしている。筋書きは相変わらず強引ではあるが、ルブランの小説プロットの優れたアイデア性の証となる後期の傑作ではないかと思われる(蛇足だが、自分はこの作品を読んでルイス・ブニュエルのある映画作品を思い出した)。
本書は、金髪の女性の謎とエルルモン侯爵の財産をめぐる謎に加え、冒頭の歌姫エリザベートの悲劇の謎の解明も主題である。ネタバレになるのであまり詳しく書けないが、これはある自然現象を用いたトリックと言える。「ヴァン・ダインの二十則」などを持ち出すと、この「トリック」はどうかと思う向きもあるかもしれないし、科学的にリュパンが示す「証拠」が果たして本当に存在し得るのか疑問ではあるが、他作品にもみられる科学をミステリに取り入れようとするルブランの先見性は評価すべきである。ひとつだけ付言すると、自分は、この小説に描かれたエリザベートの悲劇の「トリック」の事例に非常に近いものをテレビの科学番組で見たことがある。それは対象が人間ではなく、家屋だった。なお、リュパンはこのトリックの説明で警察官ベシゥーが初めて登場した「バーネット探偵社」の中のある事件を引き合いに出しており、少なくとも「バーネット探偵社」以降の事件であることをうかがわせる。事件発生年代の手掛かりは少ないが、ここ三作共演しているベシゥーとの最後の事件である前作「バール・イ・ヴァ荘」の直後の事件と考えるのが妥当だろう。
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神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:0
- ISBN:9784488107116
- 発売日:1972年11月24日
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