darklyさん
レビュアー:
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村上春樹の短編集には珍しくファンタジー色があまりない。以前刊行された「猫を棄てる」で語られたように村上春樹自身の人生の回想のような印象を受ける作品が多い。
村上春樹の短編と言えばファンタジーであったり少し意味不明な話が多い印象を私は持っていますがこの短編集は村上さんが実際に経験したり(もちろんそれは定かではないが)、頭にこびりついて離れないイメージや言葉を元にした随想に近い作品が多い印象です。
したがって八つの短編の内「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」と「品川猿の告白」以外は基本的に現実の話であり、また「ヤクルト・スワローズ詩集」に至ってはほぼエッセイであり、父親との関係が主題である少し前に刊行された「猫を棄てる」と同じような村上さん自身の人生を振り返るようなものになっています。
何点か気に入った作品を紹介したいと思います。
【クリーム】
18歳の僕はある女の子からピアノ演奏会に招待された。彼女は昔一緒にピアノ教室に通っていたのだが仲が良いどころか明らかに僕を嫌っていた。その彼女から招待が?その訳を知りたくて出席の返事を書き神戸の会場に向かった。
粗筋と全く関係のない老人の言葉が癖になります。
【ウィズ・ザ・ビートルズ】
日本においてもビートルズ旋風が巻き起こっていたあの頃、僕はある女の子と交際していた。デートの約束の日に彼女の家を訪ねると彼女の兄しかいなかった。家でしばらく待たせてもらう中、妙ないきさつで芥川龍之介の「歯車」を朗読することになる。それから18年後彼女の兄と街中でばったりと再会した。
この作品は青春時代の回想と言う形で物語が進んでいきますが、芥川の「歯車」を始めとして「死」が通奏低音となっています。別れた彼女は大学卒業後、損保会社に勤め、その同僚と結婚し、二児をもうけ、そして睡眠薬を計画的に集めて遺書もなく原因も全く分からないまま自殺します。
この作品は2019年に書かれたものであり偶然なのですが竹内結子さんのことを想起させます。病気や事故で親しい人を失うのもつらいですが、まだその人とのつながりがあったと思えるだけましなのかもしれません。自殺というのは一方的で絶対的なコミュニケーションの断絶です。残された人の無念さは察するにあまりあります。けんかしようが別れようが生きていればいつか関係が修復する可能性があります。
決して戻らない移ろいゆく時間の中で周りの人の老いや死により自分の老いも自覚する。だからこそ若き日のあの時の印象がより鮮明に蘇ってくる。そんな小説です。
【一人称単数】
めったに着ることがないスーツを着てみようかと思い、そして馴染みのところではないバーでウォッカ・ギムレットを飲みながら本を読んでいるとそこに居合わせた女性から明らかに悪意をもって絡まれしまいには全く身に覚えのないことで罵倒される「恥を知りなさい」と。
少し不条理小説のような雰囲気を漂わせていますが、私は村上さんが「恥を知りなさい」という言葉を使いたかっただけではないかと邪推します。あれです。三原じゅん子のです。私も三原じゅん子さんに罵倒されてみたい。
したがって八つの短編の内「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」と「品川猿の告白」以外は基本的に現実の話であり、また「ヤクルト・スワローズ詩集」に至ってはほぼエッセイであり、父親との関係が主題である少し前に刊行された「猫を棄てる」と同じような村上さん自身の人生を振り返るようなものになっています。
何点か気に入った作品を紹介したいと思います。
【クリーム】
18歳の僕はある女の子からピアノ演奏会に招待された。彼女は昔一緒にピアノ教室に通っていたのだが仲が良いどころか明らかに僕を嫌っていた。その彼女から招待が?その訳を知りたくて出席の返事を書き神戸の会場に向かった。
粗筋と全く関係のない老人の言葉が癖になります。
きみの頭はな、むずかしいことを考えるためにある。わからんことをわかるようにするためにある。それがそのまま人生のクリームになるんや。それ以外はな、みんなしょうもないつまらんことばっかりや。人生のクリームって何?分かりませんがこの妙な関西弁と共に「人生のクリーム」という言葉が頭から離れません。
【ウィズ・ザ・ビートルズ】
日本においてもビートルズ旋風が巻き起こっていたあの頃、僕はある女の子と交際していた。デートの約束の日に彼女の家を訪ねると彼女の兄しかいなかった。家でしばらく待たせてもらう中、妙ないきさつで芥川龍之介の「歯車」を朗読することになる。それから18年後彼女の兄と街中でばったりと再会した。
この作品は青春時代の回想と言う形で物語が進んでいきますが、芥川の「歯車」を始めとして「死」が通奏低音となっています。別れた彼女は大学卒業後、損保会社に勤め、その同僚と結婚し、二児をもうけ、そして睡眠薬を計画的に集めて遺書もなく原因も全く分からないまま自殺します。
この作品は2019年に書かれたものであり偶然なのですが竹内結子さんのことを想起させます。病気や事故で親しい人を失うのもつらいですが、まだその人とのつながりがあったと思えるだけましなのかもしれません。自殺というのは一方的で絶対的なコミュニケーションの断絶です。残された人の無念さは察するにあまりあります。けんかしようが別れようが生きていればいつか関係が修復する可能性があります。
決して戻らない移ろいゆく時間の中で周りの人の老いや死により自分の老いも自覚する。だからこそ若き日のあの時の印象がより鮮明に蘇ってくる。そんな小説です。
【一人称単数】
めったに着ることがないスーツを着てみようかと思い、そして馴染みのところではないバーでウォッカ・ギムレットを飲みながら本を読んでいるとそこに居合わせた女性から明らかに悪意をもって絡まれしまいには全く身に覚えのないことで罵倒される「恥を知りなさい」と。
少し不条理小説のような雰囲気を漂わせていますが、私は村上さんが「恥を知りなさい」という言葉を使いたかっただけではないかと邪推します。あれです。三原じゅん子のです。私も三原じゅん子さんに罵倒されてみたい。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:文藝春秋
- ページ数:236
- ISBN:9784163912394
- 発売日:2020年07月18日
- 価格:1650円
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