後悔。幸いなことに今のところ致命的な後悔はない。しかし、そのような後悔がいつやってくるか、誰も知ることはできない。スティーブ・ジョブズは毎朝鏡に映る自分を見て「今日やろうとしていることは本当に自分がやりたいことなのか?」と問い掛けていたそうだ。そこまでの覚悟を持って毎日を過ごせているだろうか? 否だ。人間は弱いものだ。楽な方、楽な方へと行ってしまう。
本書は1000人以上の死を見届けてきた終末期医療の専門家が目の当たりにした、患者たちが後悔したという25の事例をまとめたものだ。3-4年前に読んでいる。当時と今とでは心境の違いがあるはずだ。あらためて読み返してみようと思ったのは「後悔」の二文字が目に飛び込んできたからだ。楽はしたい。けれども後悔はしたくない。何とも都合の良いことだが、やはり後悔はしたくない。
自分の世界に縮こまっていると、外界との接触を拒んでいると、他者の声に耳を閉ざしていると、とんでもない後悔に襲われることがある。昨年末は深い傷を負った。振り返れば、すんでの所で救われたのかもしれない。深い傷を負わされなければ、さらに酷い状況に陥っていたのかもしれない。それこそ、人生最大の後悔に見舞われていた可能性だってある。そのことがあったから、本書を再び手にしたのだと思う。
他者の声には耳を傾けなければならない。しかし、他者の言う通りに動けば良いというものではない。自分は他者ではないからだ。他者が正解だと思うことが自分の正解とは限らないからだ。どうしたら良いだろう。文中に「マイ哲学」という言葉が出てくる。独自の人生観をマイ哲学で築いていた人は、死を前にしても堂々たるものだったと言う。これだと思った。
マイ哲学を持たなければならない。しかし、独りよがりになってはならない。ではどうしたらいいのか? バランスなのだろう。他人になるべく迷惑を掛けない前提でもう少し好き勝手に生きてみてもよい。そのようなことが書かれている。半分腹に落ちて、半分腹に落ちなかった。その後に、やりたいことはさっさとやるべきなのである。こうくるからだ。突き抜けたバカにならない限り、中庸は絶えず求められるものなのだろう。自分はバカだが、突き抜ける程のバカではない。中途半端なのだ。何とも達が悪い。
だから本を読むのだろう。本を読んで生きる参考にするのだろう。今年は趣味の読書から実益の読書へ。生きる糧としての読書に変えることにした。そのようなことを改めて感じさせてくれる一冊だった。暫くはもがき続けることになりそうだ。溺れないように、しっかり本を掴んでいたい。
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