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これぞ、魔術的リアリズム!
この小説が最初に翻訳された頃、ガルシア=マルケスの世界を表現するために「魔術的リアリズム」という言葉がよく使われました。それは、現実にはありえないこと、起こりそうもないことを、実にさらっと自然に書いてしまう文体とストーリー・テリングのせいであったと思います。今回久しぶりに読み返しましたが、この世界を堪能しました。素晴らしいです。今後数世紀にわたって読み継がれる、20世紀の文化遺産の一つであることは間違いありません。
物語は、マコンドという村の誕生から消滅までと、そこでのブエンディアという一族の盛衰を描いたものです。登場人物には初代から六代目まで、同じ名前が繰り返し使われます。それには当然作者の意図があるわけで、一族の話を語っていても、巨大な孤独を抱えつつ、巨大な愛を求めて生きていく、人間という一つの生き物を、六代の一族に象徴させて描いた作品と言ってよいのでしょう。このところ、『わが悲しき娼婦たちの思い出』、『コレラの時代の愛』と立て続けに読んだガルシア=マルケスなのですが、思うのは、彼の終生のテーマは愛と孤独、なかんずく孤独なのだな、ということです。その出発点が本書なのでしょう。そして、彼の凄いところは、凡庸な作家たちが、何行も費やすようなことを、必要な事項を省略せずに、実にあっさりと短く書いてしまえる点で、結果として、独特の語り口が誕生しています。短編小説で、こういうことをやって成功しているのは、何人もいますが、近代の長編小説で最後までこのパワーで押し切ってしまえるのは、他にはL.F.セリーヌぐらいしか思いつきません。実際、これほど面白い長編文学は、史上稀です。一度、この世界に巻き込まれた者は、一生抜け出られません。
ところで、登場人物の名前についてですが、ブエンディアという姓は、英語ですとGood Dayにあたり、「こんにちは」という意味です。ただし、ブエンディア一族を意味するために、これを複数形にすると、「良い時代」という意味になります。ガルシア=マルケスの他の小説でも感じるのですが、彼が「現在」に決して満足していなくて、この物語で描かれた時代に一種の憧れを持っていることが、これからでも分かります。この一族の始まりは、ホセ・アルカディオ(夫)とウルスラ(妻)ですが、まず前者のアルカディオは、キャプテン・ハーロックのアルカディア号と同じで、ギリシャ語の桃源郷、小さな村のユートピアを指します。ホセは、英語のジョゼフ、ヘブライ語のヨセフで、ヘブライ語の本来の意味は「一族の増大」ですし、聖母マリアの夫の名前でもあります。妻のウルスラは、ラテン語の「熊」を意味する言葉から来た名前ですが、「苦しむ人の母、悲しむ者の慰め手」として有名だった聖人アンジェラが、16世紀に創設した聖ウルスラ会の名称としても使われています。アンジェラという名前は、当然「天使」から来ているわけで、ブエンディア一族の始まりとして、ふさわしい名前の夫婦であったことが分ります。
個人的には、登場人物の中では女性たちの方が印象的だったのですが、中でも、あふれるような愛情を持ちながら、それを外に表わす方法や他の男にそれを与えるすべを知らないアマランタと、地上で生きる、又は地上の男たちの間で生きるためには、あまりにも純粋無垢で、美しすぎるために、昇天してしまうレメディオスが、愛情と満たされない孤独という作品のテーマを体現しているようです。この二人の名前なのですが、アマランタは永遠に枯れることのない伝説上の花のことで、amar(英語のlove)という単語が名前に含まれています。また、レメディオスは「解決」とか「治療」を意味するremedioから来た名前で、基本的には「癒し」を意味するのだと思います。こういう名前を持つ二人の女性が、男たちからの愛を受け入れられない、というのは、作品の構図からは当然のことなのです。
ついでに登場人物の名前の話をすると、作中22人に付けられるアウレリャノというのは、アウレウス(古代ローマ帝国の金貨)から来ている名前です。転じて、素晴らしい、という意味にはなるのですが、一族の途中での金銭的な繁栄を示唆する名前でもあるのです。また、アルカディオという名前の語源がギリシャ語であることにも関連して、預言者メルキアデス(これもアルキメデスを変形した名前でしょう)が書き残した、一族の未来の預言書が、「偶数行はアウグストゥス帝が私人として用いた暗号で、奇数行はスパルタの軍隊が用いた暗号で組まれていた」のも、意味のないことではないのです。
と、色々と書いてきましたが、このような小説を前にして、同じ言葉を武器にして、何かを語ろうとするなど、ある意味で不遜なのかもしれない、と絶望的に思う、というのが、実は本当のところです。昔、友人で、マルクスの『資本論』の解説書が、『資本論』より短い、というのはおかしいと言っていた者がいましたが、それに似たような感覚でしょうか。実際、今回の再読でも、いくつもの疑問点や引っかかる箇所が出てきて、まだ頭の中が整理できていない状態なのです。ただ、これだけははっきり言えます。これは、生きている間に、絶対に読んでおくべき書物です。死んでから、後悔しないようにしてください。
物語は、マコンドという村の誕生から消滅までと、そこでのブエンディアという一族の盛衰を描いたものです。登場人物には初代から六代目まで、同じ名前が繰り返し使われます。それには当然作者の意図があるわけで、一族の話を語っていても、巨大な孤独を抱えつつ、巨大な愛を求めて生きていく、人間という一つの生き物を、六代の一族に象徴させて描いた作品と言ってよいのでしょう。このところ、『わが悲しき娼婦たちの思い出』、『コレラの時代の愛』と立て続けに読んだガルシア=マルケスなのですが、思うのは、彼の終生のテーマは愛と孤独、なかんずく孤独なのだな、ということです。その出発点が本書なのでしょう。そして、彼の凄いところは、凡庸な作家たちが、何行も費やすようなことを、必要な事項を省略せずに、実にあっさりと短く書いてしまえる点で、結果として、独特の語り口が誕生しています。短編小説で、こういうことをやって成功しているのは、何人もいますが、近代の長編小説で最後までこのパワーで押し切ってしまえるのは、他にはL.F.セリーヌぐらいしか思いつきません。実際、これほど面白い長編文学は、史上稀です。一度、この世界に巻き込まれた者は、一生抜け出られません。
ところで、登場人物の名前についてですが、ブエンディアという姓は、英語ですとGood Dayにあたり、「こんにちは」という意味です。ただし、ブエンディア一族を意味するために、これを複数形にすると、「良い時代」という意味になります。ガルシア=マルケスの他の小説でも感じるのですが、彼が「現在」に決して満足していなくて、この物語で描かれた時代に一種の憧れを持っていることが、これからでも分かります。この一族の始まりは、ホセ・アルカディオ(夫)とウルスラ(妻)ですが、まず前者のアルカディオは、キャプテン・ハーロックのアルカディア号と同じで、ギリシャ語の桃源郷、小さな村のユートピアを指します。ホセは、英語のジョゼフ、ヘブライ語のヨセフで、ヘブライ語の本来の意味は「一族の増大」ですし、聖母マリアの夫の名前でもあります。妻のウルスラは、ラテン語の「熊」を意味する言葉から来た名前ですが、「苦しむ人の母、悲しむ者の慰め手」として有名だった聖人アンジェラが、16世紀に創設した聖ウルスラ会の名称としても使われています。アンジェラという名前は、当然「天使」から来ているわけで、ブエンディア一族の始まりとして、ふさわしい名前の夫婦であったことが分ります。
個人的には、登場人物の中では女性たちの方が印象的だったのですが、中でも、あふれるような愛情を持ちながら、それを外に表わす方法や他の男にそれを与えるすべを知らないアマランタと、地上で生きる、又は地上の男たちの間で生きるためには、あまりにも純粋無垢で、美しすぎるために、昇天してしまうレメディオスが、愛情と満たされない孤独という作品のテーマを体現しているようです。この二人の名前なのですが、アマランタは永遠に枯れることのない伝説上の花のことで、amar(英語のlove)という単語が名前に含まれています。また、レメディオスは「解決」とか「治療」を意味するremedioから来た名前で、基本的には「癒し」を意味するのだと思います。こういう名前を持つ二人の女性が、男たちからの愛を受け入れられない、というのは、作品の構図からは当然のことなのです。
ついでに登場人物の名前の話をすると、作中22人に付けられるアウレリャノというのは、アウレウス(古代ローマ帝国の金貨)から来ている名前です。転じて、素晴らしい、という意味にはなるのですが、一族の途中での金銭的な繁栄を示唆する名前でもあるのです。また、アルカディオという名前の語源がギリシャ語であることにも関連して、預言者メルキアデス(これもアルキメデスを変形した名前でしょう)が書き残した、一族の未来の預言書が、「偶数行はアウグストゥス帝が私人として用いた暗号で、奇数行はスパルタの軍隊が用いた暗号で組まれていた」のも、意味のないことではないのです。
と、色々と書いてきましたが、このような小説を前にして、同じ言葉を武器にして、何かを語ろうとするなど、ある意味で不遜なのかもしれない、と絶望的に思う、というのが、実は本当のところです。昔、友人で、マルクスの『資本論』の解説書が、『資本論』より短い、というのはおかしいと言っていた者がいましたが、それに似たような感覚でしょうか。実際、今回の再読でも、いくつもの疑問点や引っかかる箇所が出てきて、まだ頭の中が整理できていない状態なのです。ただ、これだけははっきり言えます。これは、生きている間に、絶対に読んでおくべき書物です。死んでから、後悔しないようにしてください。
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「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:0
- ISBN:4105090119
- 発売日:2006年12月01日
- 価格:2940円
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