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すずはら なずな
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呑気な坊ちゃんの恋物語と思っていたらとんでもない。ドキドキはらはら、波乱万丈。
予備知識無しで読み始めたロシア文学。イメージは、ともかく名前がややこしい。父称だの愛称だの 長ったらしい名前が覚えにくい。でもまあ薄い本だし大丈夫だと思って読み始めました。

最初に出て来たのは厳格な父と愛情深い母、貴族の生まれの呑気な坊ちゃんピョートル、律儀な守役サヴェーリイチ。牧歌的な恋愛ものだと思っていたら 始まって間もなく主人公のピョートルの人生の転機は訪れます。

息子があんまり呑気にしているもので、父親に軍務に就くべく守役のサヴェーリイチと共に家を出るよう言い渡されるのです。両親から離れ、都会で華やかに遊べるのかと思いきや、がっかり。辺境のベロゴールスク要塞へ行く羽目になります。

異民族に囲まれてはいるものの、案外平和な土地での田舎勤務です。退屈する間もなくここの上官の家で「大尉の娘」マーリヤに恋をします。恋敵との決闘騒ぎもあるものの、上官夫妻のかかあ天下ぶり、そのユーモラスなやり取りも面白く、日々はそこそこ順調かと思われます。


ここにたどり着くまでの旅の途中に その後の彼に重大な意味を持つ二つの「人との出会い」があります。(本人も読者も それとはまだ気が付きませんが。)
宿で賭け事に誘ってきた大人。もう一人は猛吹雪の中で宿まで案内してきた男です。

ピョートルは、賭けの相手にはサヴェーリイチが渋ってもちゃんと支払いを、案内役の男にはこれまたサヴェーリイチがぶつくさ文句を言っても酒を驕り、兎の皮衣を手渡します。情けはひとのためならず。


この物語は「歴史物語」でもあり、女帝エカテリーナの治世に起きたプガチョーフの乱が史実に沿って描かれています。作者は反乱軍の首領プガチョーフを詳しく調べた上で登場させています。

実は先ほどの宿屋に案内してくれた相手に対し、ピョートルは何の下心も無くただ律儀に(馬鹿正直に)お礼の気持ちを示したのですが、その男こそプガチョーフその人だったのです。そしてその行いこそが過酷な運命に翻弄されそうな時、ピョートルを助けるのです。

プガチョーフの本当の人となりは解りません。歴史の中で語り伝えられた人物像には そんな内面をうかがわせるエピソードがあったのかは分かりません。
でも、色々調べながら 作者がこの反乱者に主人公を助ける「人間味」、恩義と友情を忘れない人柄を与えたのには 何かしら作者なりのものの見方があったのだと思います。


勝てば官軍、というだけでは語り切れない「歴史」。
あの素朴で親しみを覚えるマーリヤの両親をむごたらしく処刑した血も涙もない男と描きつつ、主人公を大事な局面で 数度にわたり助けるという、物語上の必要だけでは語れないプガーチョフ像を、作者は描き出しています。史実に則って最後はそのプガーチョフも敗れ去り処刑されるのですが。

呑気な坊ちゃんとして登場した主人公ですが、やはり戦時下の多くの困難を乗り越え、恋人の危機を救うべく奔走しながら 逞しく成長しています。
両親の愛やサヴェーリイチの献身の中で育った彼の良いところは 嘘が無いこと。プガーチョフの助けを受けて感謝しても、貴族として軍人としての自分の正しいと思う道は曲げることがありません。そしてプガーチョフという敵の首領を怒らせたらどんな目に遭うのか解りながらも決して諂ったり うわべだけの事は言わない。その点がプガーチョフに気に入られる所以でもあるのでしょう。


賭け事の相手だったもう一人も 物語の後半で彼と行動を共にして守り助けてくれます。人とのめぐり合わせというのは 本当に大事なのだろうと思います。


孤児になったマーリヤを無事に自分の両親のもとに送り届け、結婚を認めてもらって 大団円、かと思ったら もう一波乱。
そう、プガーチョフの旗色が悪くなったその後、今度は彼に助けてもらい生き延びたことが 反乱軍の仲間だと疑われる原因になるのです。
戦いの最中の危ない旅の理由は、マーリヤを助けるためでした。というのも恋敵だったシワーブリンは女帝陛下を裏切って 貴族でありながらプガーチョフの側についています。両親を殺されてもその場所に留まったままのマーリヤをシワーブリンの手から救い出すために敵の陣営に乗り込んだピョートル。その時、彼の正直な打ち明け話を聞き、彼の心意気と真っすぐに恋人を想う気持ちに プガーチョフが救いの手を差し伸べたことが原因で嫌疑が掛けられています。裁きの場でその話をするとマーリヤが巻き込まれる。そのことを怖れてピョートルは身の潔白を訴えたくても全てを話せない。

状況を伝え聞いて、察しの言いマーリヤは なんと大胆にもひとり女帝のもとに赴くのです。

最初は内気で大人しい田舎娘として描かれていたマーリヤですが、芯の強さは両親と共に戦いの場に居る時の様や、シワーブリンに拘束されたあたりからはっきりしてきます。どんなに身の安泰が約束されたって、好きでもない人の妻になんか絶対にならないという意志は強固です。そしてこの大胆な「直訴」。


恋あり決闘あり、戦闘シーンあり、魅力的な人物が沢山出せて、波乱万丈。宝塚歌劇にでもなりそうだなぁと思いながら読んでいたら、本当に演目にあったのですね。

恋敵で貴族なのに、プガーチョフ側についた裏切り者、シワーブリンもまた、想いが伝わらないひねくれものの魅力を添えられそうですが、きっと そうなんだろうなぁ。





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すずはら なずな
すずはら なずな さん本が好き!1級(書評数:440 件)

電車通勤になって 少しずつでも一日のうちに本を読む時間ができました。これからも マイペースで感想を書いていこうと思います。

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