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紅い芥子粒
レビュアー:
生きづらさを抱え、孤独を宿命のようにしながら、どうにかこうにか現実と折り合いをつけて生きている、不器用な人たち。この世に存在する無限の素数たちに祝福あれ。
素数とは、2以上の自然数で、正の約数が1と自分自身のみであるもののこと。

1,2,3,……と、順に紙に自然数を書き並べてみる。
どこまでも無限に続く自然数の列に、素数は尽きることなく現れる。

物理学者でもある作者には、紙の上に列をなす自然数たちが、人間のように見えるのかもしれない。
いわれてみれば、1と自分自身しか約数をもたないなんて、1本の固い棒のようだ。
無理に割ろうとすると、ポキンと折れてしまう。
これが人なら、さぞ生きづらいだろうと思う。

物語には、二人の主人公がいる。アリーチェとマッティア。

アリーチェは、小学生のころ、スキーの事故で脚に大ケガをした。
厳しい父親に、むりやり習わされていたスキー教室でのできごとだった。
まっ白な雪の中でお腹の不調を抱えて滑り降りるときに、滑落し、雪に埋もれ……
そのままだれにも見つけられず、死んでもおかしくないような事故だった。
アリーチェは、死にはしなかったが、左脚を引きずって歩くようになった。
スキー事故は、アリーチェの心にも深刻な後遺症を残した。
アリーチェは、拒食症になってしまった。

マッティアには、双子の妹がいた。
彼は、天才的な頭脳の持ち主だったが、妹には重い知的な障害があった。
ある日、マッティアは、妹といっしょにクラスメートに誕生日パーティに招待された。
その友だちの家に行く途中、やっかいものの妹を公園に置き去りにしてしまう。
そのまま、妹は行方不明になった。
犯した罪の重さに、マッティアは病み、自傷行為を繰り返すようになった。
左手の人差し指と中指の間に、尖ったガラスのかけらを突き立て、手首まで皮と肉を裂いていく。マッティアの手は、いつも傷だらけだ。

アリーチェとマッティアは、ハイスクールで出会った。
ふたりは、強く惹かれ合う。
しかし、危うい二人。近づきすぎれば、傷つけあわずにはいられない。

素数は、2と3は別にして、ぜったいに隣どうしには現れない。
双子素数というものがあるそうだ。例えば、11と13。17と19。
ごく近くにあるが、間には必ず偶数が入る。

アリーチェとマッティアは、双子素数のようだった。
お互いに強く求めあい、すぐ近くまできながら、いっしょになろうとすると、他の誰かが運命の偶数のように割って入る。
それでいい。いっしょになれば、抱き合ったまま破滅の坂道を転がり落ちていきそうな二人だから。

物語には、二人の他にも、素数ではないかと思われる人物が登場する。
生きづらさを抱え、孤独を宿命のようにしながら、どうにかこうにか現実と折り合いつけて生きている不器用な人たち。

この世に存在する無限の素数たちに祝福あれ。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. noel2022-04-11 08:19

    >滑落し、雪に埋もれ……そのままだれにも見つけられず、死んでもおかしくないような事故

    若い頃、蔵王のスキー場で同じような目に遭い、恐ろしくなったことがありました。滑落したその1メートルほど手前に深い穴が黒々と開いていたのです。考えてみれば、雪の下は高々と伸びた木々が支えており、その木々の下を川が流れているのです。スキー場の谷はその下が奈落でもあるのです。あのまま私があの穴に入っていれば春になるまで、私がそこにいるとはだれも気付かなかったでしょう。

  2. noel2022-04-11 08:45

    考えてみれば、かの「一郎」も素数のひとであったのかと思わされます。

  3. 紅い芥子粒2022-04-15 20:50

    そもそも文学は、素数のひとの孤独や苦悩を書くことから生まれたのかもしれません。

  4. noel2022-04-15 21:05

    なるほど。それで、凡庸なわたしには理解できないのですね。いわば、特殊能力をもったひとのみに与えられた特権なのかもしれませんね。

  5. 紅い芥子粒2022-04-15 22:05

    ああ、そうかもしれませんね。才能というより、特殊能力!

  6. No Image

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