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ゆうちゃん
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英国のコブと言う田舎町に腕の立つコックがやってきた。彼は、最初は料理の腕前で主人を圧倒するのだが、それだけでは満足しない。主家そのものを圧倒する。
やりなおし世界文学の一冊として手にした本である。

英国のどこかのコブと言う田舎町に黒ずくめの背が高い痩せた男コンラッド・ヴェンがやって来るところから話が始まる。彼はコブの町を見下ろす台形状の丘の上にあるプロミネンス城を最初に訪ねる。そこは丁寧に管理されていたものの人は住んでいない。彼はその後、酒場に行きコブの町の由来を聞く。元々は事業で財を成したA・コブが創った町で子孫は一帯を掌握した。だが数代を経てコブ家は娘ふたりだけになった。それぞれヒル家とヴェイル家に嫁いだが、丘陵地帯と工場はヒル家が、平地や湖はヴェイル家が管理した。両家は次第に対立を深めて行ったが、コンラッドが来る頃には両家は仲直りし、互いに晩餐に招き合うまでになっていた。コブ家の遺言はまだ有効で、ヒル家とヴェイル家の子孫同士が結婚したら、プロミネンス城に住むようにと指示されている。実際、ヒル家の長男ハロルドとヴェイル家の長女ダフネは幼馴染で、ヒル夫人はふたりの結婚を夢見ていた。
コンラッドは、道楽で食を追求した男で、有名人らの申し分のない推薦状を持ってヒル家にコックとして雇われるためにやって来たのだった。前任者は経費のごまかしで首になり、今は臨時のポールがコックをしている。当主のヒル氏は彼と面談し、成績がよければ半年で給料を上げようと言った。コンラッドは、早速、料理に取り掛かる。ハロルド以外の言う事を聞かなかった犬を手懐け、無能な執事、愚鈍なメイド、頑なな家政婦の能力の限界を見抜く。町で商店を物色し、ヒル家の威信に物を言わせて、最良の材料を最低の価格で手にいれる。週一日の休日である火曜にはシェパード亭に行き、そこの部屋を無料で借りて町の噂を収集する。女将のネルには、今後評判になる筈のヒル家のコックである自分が常連とするかどうかで、お前の店の客の入りが違ってくるだろうと只で部屋を借りることを納得させた。ヒル夫妻には料理の腕で実力を示した。ヒル夫人が息子ハロルドと心底結婚して欲しいと思っているヴェイル家のダフネは肥満が進み、かかりつけ医のドクター・ロウは匙を投げた状態だった。コンラッドは、自分の料理を食べれば痩せて健康体になること間違いないと保証した。ヴェイル家のコックのブロッグは魚料理で相当な腕前と言う噂だったが、ヒル家の晩餐に来たヴェイル夫妻をコンラッドが魚料理でもてなし、まず味で納得させた。そしてヒル夫人の口利きでダフネの料理をコンラッドが受け持つようになる。ダフネの体重は減り始めた。後にコンラッドはブロッグの追い出しと、自分の言う事を聞くポールをヴェイル家のコックに送り込むことに成功した。ハロルドは跡継ぎと期待され仕方なく父の経営する工場を手伝っていたが、実際には料理に興味を持つ青年である。彼はコンラッドの薫陶を受け、ソースづくりから様々な料理を手掛けることになった。ヒル夫人は豪華な食器を揃え、並べることに、ヒル氏も次第に工場そっちのけで飲み物づくりに熱中するようになる。ヒル家の無能な使用人たちは次々と追い出され、次第にコンラッドを頂点とし、ヒル夫妻とハロルドをその手下とするヒル家の家事の切り盛り体制が出来上がっていく。ダフネもすっかり痩せて晴れてハロルドとの婚約の運びとなった。ふたりは結婚後、プロミネンス城に住むことになり準備が進められる。その一方でコンラッドも自分の為にある準備を進めていた。

六部とエピローグからなる小説で第五部までは引き込まれるように読めた。これは粗筋からわかる通り使用人が主人一家をすっかり食ってしまう小説でその点が面白い。だが第六部からエピローグに至るまでの話は唐突である。訳者の解説には、悪魔ものの怪奇譚とあった。万能で黒い服に身を固めたコンラッドは確かにそう見える。そうだとしても、第六部以降は不満である。冒頭で、コンラッドがプロミネンス城を訪問するが、彼が深夜にヒル家からプロミネンス城を見上げる場面がしばしば登場する。これは伏線のようにも思えるし、それが回収されていないとは言わないが、プロミネンス城を舞台としたこんな結末では何だか強引で、もう少しひねって欲しかった。
この小説からひとつ読み取れることは、人間関係を左右したければ相手も認める実力を発揮するのが一番だ、と言うことである。当たり前だと思われるが、分野によってはこれは、相当困難である。本書のコンラッドは食や料理に関してかなりの腕前を持つとされるが、それは小説に於いて著者がそう設定しているからであり、著者は「そうだ」と言い切ってしまえばそうなるからである。これを実生活に置き換えるのは難しい。実際、実力以外で人間関係を左右しようと思えば、声や態度の大きさか金や社会的な地位などにものを言わせるかである。だがこれは相手に嫌われるし、心からの納得も受けない。自分の社会経験からすると、実力なく人間関係を左右したければ、相手にとって必要とされる人間になるしかない。これは決しておもねるとかそう言うことではない。相手にとって自分が必要とされれば、お互いの人間関係にとって自分の影響力を維持し拡大できるということなのである。相手がそう思ってくれれば、しめたものである。これらからすれば、承認欲求などが実は却って邪魔になることがわかる。
第五部まではそんな風にこの小説を読んで来たのだが、残る場面は「ファウスト」の「ワルプルギスの夜」の一場のような感じで、自分には唐突だった。本書の訳者の説明では、著者は覆面作者でペンネーム以外はわからないと言う。だがWikiで調べると最近ではかなりその実態がわかって来たようだ。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1688 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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