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吉田あや
レビュアー:
自分を取り巻く世界の真実に凍り付く
多少の波は人生の中であったものの、3人の子供たちと優しい夫、裕福で幸せな暮らしに満足しているジョーン。ある日ロンドンから離れて暮らす娘の病床を見舞うため、ひとり旅に出る。その旅の帰路であるバグダッドからロンドンへの長い時間に、今まで向き合ったことのない自分と図らずも向き合うこととなり、全てを把握していたつもりで生きてきた自分の世界の外側に気付き始める。

"自分"以外の告発者たちの声をうすうす感知しながらも都合よく解釈してきた長年の罪を暴き、家族の真実の想いを加速的に象っていく展開は圧巻。

駅で自分を見送る際に重荷を取り去ったかの如く意気揚々と去る夫の後ろ姿をふと思い出し、その小さな違和感は仲睦まじいと信じて疑わなかった夫婦の日々に疑問を投げかけ、気付かないふりで通り過ぎたある過去の光景を呼び起こしていく。夫にも子供にも友人にも親切で愛情深く、誰しもが自分を愛していると思い込んでいたジョーンは、どこまでもただ広がる静寂の砂漠の世界で、認めたくない自分の本質にじわりじわりと思い当たっていく。そのザラリとした筆致は凍り付くように鋭く容赦ない。

砂漠に現れる蜃気楼と現実の曖昧模糊とした正体の掴めなさが心情を朧に揺らし、流動的にその心の形を変えていく。自分の感知する世界とは、いかに自らの自意識で作り上げた独りよがりな幻想であるかを目の前に突きつける手腕の見事さに息を飲んだ。誰しもが持つ欠点を物語を通して告発していく圧倒的な鋭利さに読後暫く茫然とし、私にとり、これ以上心に切り込む物語は二度と出会わない気さえした。自責の念とともに生涯大切にしたい運命的なものを感じる一冊となった。

アガサ・クリスティーに初めて出会ったのは小4で読んだ「ABC殺人事件」。それまで読んできた児童書とは全く違う読書の面白さに、凄い!!と衝撃と感動で興奮したことを今も鮮明に覚えている。そして大人になった今出会った本書は、きっと生涯ベスト3から外れることはないだろう傑作。ポアロやミスマープルシリーズばかり読んでいたけれど、シリーズものではないこんな作品にこそアガサの本質が詰まっているのではないかと楽しみが増えた。
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吉田あや
吉田あや さん本が好き!1級(書評数:604 件)

ジャンル問わず、読みたい本を
雑多に読んでいます。

共通の、また新しい世界を
一緒に楽しめたら幸せです。

よろしくお願いします。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2020-05-14 17:01

    ああこれ,私にとってもとても大切な作品です。
    https://www.honzuki.jp/book/206788/review/132925/

  2. 吉田あや2020-05-16 13:52

    かもめ通信さん☆あまりに素晴らしくて放心状態でした。ミステリの女王のイメージしかなくて、ノンシリーズでこんな素敵な作品まであるなんて凄い!と改めてアガサの凄さを実感しました(*^-^*)心に残る作品のパワーってすごいですよね。

  3. No Image

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