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ことなみ
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12歳だったあの時、好奇心の赴くままに僕たち三人が知った、失われるものと生き続けるもの
あの頃、僕たちは6年生だった。
デブの山下が学校を休んだ。「ばあちゃんの葬式に行ってきたんだ」
「死んだ人を見たのか」でも田舎から帰ってきた山下は元気だ、そういうものなのか。
「死んだら物体になるんだ、それがものすごく怖かった」ともいった。
僕はまだお葬式に出たこともなくて、まして亡くなった人を見たこともないし、別れがどんな気持ちなのかも知らない。
眼鏡の河辺だって知らないらしい。話を聞こうと身を乗り出して命の次に大事な眼鏡を割ってしまったくらいだ。

死ぬってどういうことだろう。三人は考えた。僕など夢にうなされた。

近所に一人暮らしのおじいちゃんが住んでいる。観察していればそうすれば、、、。
三人は塾とスポーツ教室の時間をやりくりして塀の外から観察することにした。

窓ガラス越しにテレビがついているのがわかる、窓際に寄せられたこたつぶとんに入っていつもテレビを見ている。そして時々コンビニに行くので尾行する。

塀越しに覗いて観察を続けているとお爺さんの暮らしがわかってくる。家も古く手入れもしないので、割れた窓にガムテープ、樋も壊れ玄関は開けるたびにゴトリという。

河辺の熱心さと僕の見る怖い夢のせいで観察は続いた。

お爺さんの日常は毎日見ていると、コンビニ弁当とバナナを食べ誰とも話さない。

庭は草ぼうぼう、ゴミは散らかって嫌なにおいがする、たまらない。ぼくはこそっとごみを捨てることにした。ある日にゅっと手が出てお爺さんが袋を差し出した。

「おい面が割れてるぞ」河辺が慌てた。そして簡単にお爺さんにばれてしまった。

山下の家は魚屋だ、ある日刺身を持ってきて玄関の前に置いた「元気つけてどうすんだよ」
無くなっていたので食べたらしい。

そのうち庭の草が茂ってやたら蚊が飛んでくる。家はシンとしているぼくらは慌てた。
「イザきたのか」
ガラっと戸が開いて細い腕が出てきた、人差し指と中指を立てて見せた「Ⅴサインだ」
「くっそー ふざけた真似をしやがって」結局バレバレだったんだ。

堂々と何をしたか、僕らは増えてきた蚊を退治するというので庭の草引きをしたのだ。
今ではお爺さんがあれこれと指図をしてくる。洗濯物をロープに吊るす。
堂々と観察できる環境は整った。

おじいさんは物知りで話が面白い。でも昔のことはあまり言わない。
綺麗になった庭に花の種を撒こうといった。「今ならコスモスか」「ユキオコシもいい」
種屋は昔お母さんと行った時に会ったおばあさんがまだいて店を閉めるので、と種をおまけしてくれた。
夕立にも負けずすぐに伸びてきた雑草にも負けず、何とかコスモスは芽が出て伸びてきた。
お爺さんが丸いスイカを持って出てきた。魚をさばく包丁を河辺が持ってきた器用に切り分けた。スイカはおいしかった。

プールで山下がおぼれた。先生が慌てて人工呼吸をした。目が醒めたので「死にそうになったってどんな気分?」「気を失ったので何も覚えてない」と山下は言った。なんだ。

ぼくは、前に理科の時間に見たチョウの産卵のスライドを思い出した。虫は何十なん万の卵を産む。でもちゃんと育つのはそのうち一匹もいないかもしれないのだ。(…)まるで死ぬために生まれてきたみたいに。死ぬのは別に、不思議じゃないんだろうな。だれだって死ぬんだから。

死んでもいい、と思えるほどの何かを、いつかぼくはできるのだろうか。そうでなくちゃ、なんのために生きているんだ。


お爺さんと怖い戦争の話をした。家族の話を聞いた。行方の分からない奥さんのことを聞いて探しもした。だが探し当てたと思ったが違っていた。

合宿から帰ってお爺さんの家に行ったらコスモスのつぼみが膨らんでいた。炬燵をかたずけて出した机にブドウを載せてお爺さんが眠っていた。僕らにブドウを買ってたんだ。
そのままおじさんは逝ってしまった。
河辺は泣き山下は部屋の隅でうめいた。

おじいさんの家は駐車場になり、山下は魚屋を継ぎ河辺は海外に行った。

スタンドバイミーの香りがする少年期の思い出。人生をちょこっと考え始め、いつか死ぬということも実感して、家庭の中に起きるあれこれが少し鮮明になる。孤独な老人の心の深いところにふれて自分の将来を考えてみる。失われるものの中で生きてみる。

だれにでも少しはある通過儀礼、心の旅のひと時が懐かしい話だった。
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ことなみ
ことなみ さん本が好き!1級(書評数:645 件)

徹夜してでも読みたいという本に出会えるように、網を広げています。
たくさんのいい本に出合えますよう。

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