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バルバルス
レビュアー:
偉大なる「旧き者」たちの軌跡。
エーゲ海に浮かぶ”薔薇の花咲く”その島は、
栄光ある”キリストの戦士たち”の砦であり、
邪悪なる”キリストの蛇ども”の巣であり、
”青き血”を持つ者たちの住処だった。

”解放者”として敬われつつ戦い、
”略奪者”として厭われつつ戦い、

世界を守る”防壁”として、
世界を分つ”障壁”として、

そびえ立った、
男たち。

しかし、

新時代を前に、
旧時代を守った彼らを、
守ろうとする者はなかった。

誰からもその存続を望まれず、
世界から見捨てられた男たちは滅んだ。


しかし...


***


 ううむ、文字並べはむずかしいなぁ、今回は無理があるかなぁ。という身内ネタはこれぐらいにしまして・・・

 本作の舞台は『コンスタンティノープルの陥落』から約70年後。この物語でオスマン帝国と干戈を交えるのは、エーゲ海に浮かぶロードス島を根城とすることから「ロードス騎士団」とも呼ばれた聖ヨハネ騎士団。

彼らはエーゲ海から東地中海域一帯を”我らが海”とした同帝国にとって、いつまでも引っ掛かって抜けない「喉元のトゲ」であったのでした。なぜなら彼らはごく少数に過ぎない勢力とはいえ、「異教徒撲滅」を旗印にしたキリスト教徒にとっては聖戦、イスラムにとっては海賊行為を生業としていたため、彼らを撃滅することが制海権維持のため、なにより覇権国としての責務を果たすため、是非にでも取り除かねばならない障害物だったというわけです。

 というわけで、大帝国建設の礎となったとはいえ少々”無理筋”で”狂的”な感のあったコンスタンティノープル攻略に比べてよほど理に適ったロードス島攻防戦ですが、「聖地エルサレムの防衛」や「巡礼者保護」を目的として生まれた中世ヨーロッパ社会の結晶と言える騎士団の末裔と、世界史に近世の息吹をもたらしたと言えるオスマン帝国との戦いは、旧時代の遺児と新時代の寵児との戦いということで、まことに象徴的な戦いでもあるのです。

 しかしこの”遺児たち”は、数千の傭兵と現地人を除けばわずか600という少数でありながら、最終的には敗れ去るとはいえ大いに健闘し、20万の”寵児たち”に数万にも及ぶ多大な犠牲を強いたのでした。いったいなぜ?


 中世の遺児たる騎士団とは言いながら、当時の彼らは決して時代遅れの骨董品とばかりも言えなかったのです。大砲の時代を迎えて大改修が為された首都を守る城壁は当時のどの国よりも新時代の要請に応えたものであり、どこよりも旧弊な組織がどこよりも先進的な設備を備えていたという皮肉な状態を生み出していました。なんといってもわずかな支配地しか持たない「戦闘国家」のこと、いったんトップが新進に目覚めれば、その素早い実行はどんな大国も追いつけない効率の良さで進んだのでした。

 つまりハードの面だけを取り上げればオスマン軍侵攻を凌げる可能性は大いにあったわけです。しかし前述のように守備側数千、主戦力600というのではあまりにも話にならぬ。しかし外部からの救援をあてにするにも当時の西欧社会は中央集権的大国の形成と衝突に大わらわで、とても遠く離れた地で戦う「キリストの戦士たち」を支援する余裕などなく、また正直言ってそこまでの熱意に燃える義理も必要も感じさせない。遠慮なく言ってしまえば、もはや彼らはいなくなったって大した損害もない、過去の人たちであったのでした。

 もう一つの望みは攻囲軍の兵站破綻ですが、そちらも望み薄。なぜならオスマン軍は20万もの軍勢の口を養うに周辺からの略奪や徴発などというあてにならない方法ではなく、自国から兵糧や武器弾薬を調達してロードスの対岸に大量に備蓄し、船によるピストン輸送で賄うというどこかの国の軍隊に見習わせたい確実堅固な兵站路を確保していたのでした。

 著者流の記述を真似れば、”新しき革袋に古き葡萄酒”が詰まったかのようなロードス騎士団。しかし葡萄酒のヴィンテージには価値はあっても人や組織のヴィンテージなど煮ても焼いても食えぬもの。いかに時代に沿う新しいハードを駆使していても、もはや存在理由そのものが時代に沿わなくなった組織が生き延びる道はどこにもなかったのでした。

 壮絶な攻防戦にも高貴なる騎士としての品位を失うことなく戦いきった彼らも、あまりの絶望的状況についに”名誉ある降伏”の勧告を受け入れ、武装解除なしの国外退去という異例の措置のもとロードス島を退去します。聖地失陥以来再び流浪の身となった騎士団はやがてスペイン王領マルタ島に居を与えられ、以後マルタ騎士団を名乗りますが、その活動の内実はスペイン王の番犬。誇り高き騎士たちはこれほどまでの屈辱のもとでしか、もはや生存を許されなくなったのでした。


 さて、大勢の主人公たちを据えた前作とは異なり、本作の主人公は後世に攻防戦の記録を遺した若き騎士団員アントニオ・デル・カレット一人に絞られます。彼を中心に古き騎士魂の権化たるラ・ヴァレッテ、憂愁漂わせる異端児ジャンバッティスタ・オルシーニを主要人物に据えて物語が展開し、アントニオの目を通して浮かび上がる彼ら「滅びゆく者たち」としての騎士階級・貴族階級に属す者たちこそが真の主人公であり、この物語は彼らへの挽歌でもあると思った次第。

 火砲と大量の歩兵軍団の台頭とともに存在価値を失くした貴族という存在。しかし時代が変わったからといって大人しく消え去るにはあまりに強い矜持を持った存在。しかし時代の流れは決死の努力を嘲笑うかのように、彼らを用済みのカテゴリへと押し流してゆきます。しかし彼らが培ってきた誇りは良くも悪くも容易には消え去らず、「混じり気なしのガスコーニュ魂の持ち主」と評された心の持ち主ラ・ヴァレッテの指導下、未開の荒れ地マルタは整備され、有数の防衛設備が整えられ、43年後にして行われたオスマン帝国との再戦では見事その撃退に成功する。

 長年にわたって栄光のキリストの騎士たちの精神は長く生き続け、存在理由をなくしても生きる屍のように覇を唱え続けた。まこと彼らこそ老害の見本の様である、などと残酷な憎まれ口の一つも叩いてみたくなり、これほどまでに一つの時代を形作った精神というのは死なないものなのかと慄然とさせられもする。彼らがマルタを退去したのは1798年、ナポレオンによる降伏勧告に応えてのものである。今回は、攻防戦さえ行われなかった。

「マルタ島は、二十四時間の砲撃にさえ耐えられなかったであろう。城塞ならば、疑いなく耐え抜いたにちがいない。しかし、守る騎士たちのほうに、精神力が欠けていた」


 とはナポレオンの言葉だそうである。ロードス失陥から276年後、ついに騎士の青き血は死んだのだった。頭を切られた毒蛇が長い時間をかけて遂に死に至ったようだ。とは、またも残酷な憎まれ口。

 いや、彼らはまだ死んではいない。ローマに流れ着いた騎士団はしぶとくも生き残り、なんと現代に至るまで独立国家として医療活動その他の分野で活躍しつつ存続しているそうである。いやはや、挽歌なんて言ったって簡単に死にゃあしないな毒蛇・・・あ、いや、騎士たちは。


 さてさて、というわけでエーゲ海および東地中海域を完全なる”我らが海”としたオスマン帝国率いるイスラム勢はまさにその絶頂期を迎えます。もはやこの勢いを止める者はいないのか。続く『レパントの海戦』ではオスマン帝国とスペインを中心とした西欧諸国連合軍の一大闘争の行方を描き、再び訪れる一つの時代の終わりと次なる時代へのうねりを語ります。てなわけで・・・

 待て、次号!(←けっこう気持ちいいんですよ、これ)


【地中海三部作】
コンスタンティノープルの陥落
レパントの海戦
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バルバルス
バルバルス さん本が好き!1級(書評数:422 件)

読書とスター・ウォーズをこよなく愛するもと本嫌いの本読みが知識もないのに好き放題にくっちゃべります。バルバルス(barbarus)とは野蛮人の意。

周りを見渡すばかりで足踏みばかりの毎日だから、シュミの世界でぐらいは先も見ずに飛びたいの・・・。というわけで個人ブログもやり始めました。

Gar〈ガー〉名義でSW専門ブログもあり。なんだかこっちの方が盛況・・・。ちなみにその名の由来h…(ry

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この書評へのコメント

  1. あかつき2018-10-30 16:32

    次はルビンの壺型で頼むぞ、ふぉっふぉっふぉっ

    待つ!次号!!

  2. バルバルス2018-10-30 17:35

    あんまり自信がないぞ、ふぁっふぁっふぁっ

    待つ!ユリアヌス(三)!!

  3. あかつき2018-10-30 17:36

    ん?

    ……空耳か

  4. バルバルス2018-10-30 17:40

    S.P.Q.R督促状
    イツ, カクノカ. ―IMPフラヴィウス・ユリアヌス.

  5. あかつき2018-10-30 19:13

    なにせ、人ひとり子宮から孵すくらいの期間暖めているからなぁ、、、

  6. ゆうちゃん2018-10-30 19:33

    デッ、デタ、スベラナイあかつきフウ。
    サイショノギョウハ、ナガイノデ、すまほデヨムナラ、ヨコニシタホウガ、ヨイ。

  7. あかつき2018-10-30 19:48

    あああ、ゆうちゃんさんまで皇帝の悪ノリに毒された、、、(笑)

  8. バルバルス2018-10-30 20:47

    >あかつきさん。
    アッ, コメント シヅライ ヤツヤ...
    悪ノリ トカ, アナタ ニ イワレタク ナシ.

    >ゆうちゃんさん。
    モジアソビ ハ スマホガメンダト, ケッコウ ダイナシニ ナルンデスヨネ... 

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