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あかつき
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一人の青年がいる。親や女たちに愛され至高の地位近く生を受けておきながら、決してその手に何も掴めない男。人々は男の生まれや教養、姿の麗しさを賛美するが、彼の中には虚無と冥い炎が在る。
数ある現代作家による源氏物語新訳の中でも、この橋本治の訳は異質だ。
物語は、源氏の一人語りですすむ。
この物語での源氏は、決して、母の面影を追い求めて煩悶し涙する、線の細い青年ではない。
背景描写は間違いなく平安時代なのに、読者の耳に流れる映像と音楽は退廃的な20世紀初頭の欧州のものだ。薫る煙も、伽羅ではなく阿片のそれかもしれない。
この物語のせいで、私の六条御息所のイメージは、バスタブから突き出た黒いハイヒールの脚だ。夕顔は、モンパルナスに住んでいたのかもしれない。

「窯変」とは、炎の性質や釉薬の含有物質などが原因で、陶磁器に予期しない釉色・釉相を呈することだ。

一人の青年がいる。
親と女たちに愛され、至高の地位近く生を受けておきながら、決してその手に何も掴めない男。
周囲は男の生まれ育ち、教養や姿の麗しさを賛美するが、彼の中には、虚無と誰も消すことが出来ない冥い炎が在る。
彼は常に、自らの欲望と恋情とを、一歩引いたところから観察している。
己のうちの、一瞬一瞬に姿を変える炎を見つめるように。

作者自身、源氏物語をフランス映画的ノワールに演出したかったと言っているが、この源氏はまさにアブサンを片手に女たちの嬌態を眺めているような、ぞくぞくするような男ぶりである。
朧月夜を利用しての弘徽殿への復讐は背筋が冷えるほどであるし、身分の低い明石の君への冷酷な視線は残酷に過ぎ、幼い若紫を手にかけるくだりには自分本位な欲望以外の理由は存在しない。そして、女三宮を寝取った柏木への憎悪ときたら―――。

「源氏物語」は、通常女たちの物語として訳される。源氏はある意味、屋敷の奥にしまわれた女たちを紹介するための狂言回しのような存在だ。
そして、読者は「源氏物語」を読むときに、程度の差こそあれ源氏に同情している。
彼の勝手さに憤っても、源氏自身が女たちにかける憐みや気遣い故に彼を憎めず、何処かしら愛おしんでいる。
しかし、この物語の源氏は、それらを全て拒絶する。
物語や描写は全く原作から逸脱してはいないのに、同じ「源氏物語」かと驚愕するほど、この橋本版の「源氏」は異質だ。

文庫で全14巻、うち4巻は宇治十帖。
私は10巻までが好きだ。
通読はしないが、虚無に酔いたくなった時に、好きな章だけ拾い読みしている。
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あかつき
あかつき さん本が好き!1級(書評数:760 件)

色々世界がひっくり返って読書との距離を測り中.往きて還るかは神の味噌汁.「セミンゴの会」会員No1214.別名焼き粉とも.読書は背徳の蜜の味.毒を喰らわば根元まで.

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この書評へのコメント

  1. KIKU2017-07-26 17:18

    こちらの『窯変 源氏物語』は、以前あかつきさまに教えていただいてから、現在読んでいる一般的な(?)源氏物語と読み比べしようと思っておりました。
    あかつきさま、面白い書籍を見つけるの上手すぎです!!

  2. あかつき2017-07-26 18:04

    六条の御息所がどろどろと一人称で語る「源氏がたり(林真理子)」とかも面白かったですが,この橋本版は例えば現代人が好む「紫の上の精神的な自立とその挫折うんちゃら」とか何それおいしーの的に蹴り上げてひたすら源氏の偽悪的な語りが続く,という濃い作品ですこぶる美味しゅうございます.

  3. 坂本美香2017-07-26 23:34

    あれ?なんでだろう?面白そうな気がする、、、

  4. あかつき2017-07-26 23:53

    面白いよ、ただこの男くどいんよ。
    故に好きな帖のみ読んでも可。若紫(幼女誘拐、人妻強姦)、葵(幼女強姦、妻変死)、賢木(兄婚約者籠絡)、後半では若菜(妻の愛人いびり殺し)辺りが愉しい

  5. 坂本美香2017-07-27 00:19

    碌なことしてないよね!(笑)

  6. No Image

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