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ちょわさん
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内田百閒による漱石、龍之介との交流の記録。文豪達の素顔と、先立たれた者のさびしさと、それを書きながらもどこか可笑しい百閒の筆に酔いしれる。
このちくま文庫版の『私の「漱石」と「龍之介」』の初版は一九六九年だが、元は筑摩叢書版から一九六五年に出版されている。内田百閒のその当時の既刊の中から、夏目漱石と芥川龍之介について書かれている文章だけを集めた随筆集だ。近代日本文学が多少なりともお好きな方にはたまらないだろう。なにしろ当時漱石の周辺にいた文豪がわんさか出てきて、百閒に容赦なくあれもこれも書かれてしまっているのだ。

漱石の臨終の場面や、龍之介の死ぬ数日前の様子についても書かれており、当時の状況を詳しく知ることができる。もうこちらまで辛くなりそうなくらい克明に伝わってくる。百閒の筆はあくまで冷静だが、その様子がかえって、その時の百閒が受けたであろう悲しみの大きさを感じさせる。


もちろんそんな緊迫した場面ばかりでなく、生前の漱石や龍之介の人柄を感じさせる日常のエピソードもたくさん登場する。

また、漱石の周辺に集った青年文士たちの様子を知ることができるのも魅力だ。漱石は毎週木曜日を面会日と決めていて、その日の漱石山房のにぎわいを今に知ることができる。登場した人々の中で私が気になったのは鈴木三重吉。その存在を全然知らなかったが、作品を読みたくなった。



漱石先生のありし日のご様子もインパクト大だが、龍之介の人のよさそうな様子も私には印象的だった。百閒に横須賀の海軍機関学校の独逸語教官の職を紹介したり、お金を融通したりしていた龍之介。その友達思いのやさしい様子にしんみりした。

亡くなる直前の不安定な様子も痛々しい。百閒の山高帽子をしきりに怖がる龍之介は、不穏な予感を感じさせる。

薬で朦朧としているところに、自宅に来た百閒から帰りの電車賃がないと言われ、両手に小銭を山盛りにして持ってくる龍之介。その笑顔を思い浮かべると、せつなくなる。

龍之介の死の原因を、「あの夏があまりにも暑かったからだ」という百閒。そんなふうに友の死を受けとめる様子に、百閒の深い悲しみを感じた。龍之介の没後、龍之介の癖であった煙草に火をつける前に燐寸を振る動作をいつの間にかしているのに気づき、しばらく続けていたという。


漱石と龍之介の死は百閒にとっても辛いものであっただろうけれど、現代の読者である私達にも惜しまれてならないことだ。彼らがもう少し長く生きてくれていたらと夢想したことがあるのは私だけではないだろう。その気持ちを時を越えて百閒と共有しているように感じられた。共に失われた師と友を悼み、彼らがまだ生きていた往時の思い出を懐かしむような気持ちになったのだ。


しかし、そこは我らが百閒先生の筆、この本に収められている随筆は、根底には悲しみがあるのだろうけれど、当時を物語るその調子は相変わらずの百閒節だ。その筆によって生き生きと甦る、気難しそうだが時々お茶目な漱石や、どこまでも友にやさしい龍之介の姿には、クスッと笑わされたりホロリとさせられたり。また百閒先生の漱石へのリスペクトっぷりがハンパなく、これが百閒先生の所業だから面白いようなものの一般人だったらちょっと引くなぁ…というエピソードの連続で(なにしろ原稿に付いていた鼻毛までコレクションしているのだから)、当時漱石がいかに門下の皆に慕われていたのかが伝わってきて、なんだかほほえましい。

さらには百閒による漱石の句の鑑賞や、森田草平による漱石の句の鑑賞原稿が実は百閒の代筆だったなんてことまで明かされている。代筆なんてしていたのか!と私はかなりビックリしたのだが、それを明らかにして潔く読者に謝る百閒先生の実直さを、改めて惚れ直した。漱石、龍之介の素顔を覗きつつ、百閒の人間観察の視点や度量の広さやユニークさも胆嚢できる。一冊で文豪三人分+門下生分楽しめる、とてもお得な読書だった。


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ちょわ
ちょわ さん本が好き!1級(書評数:277 件)

かなりふざけたレビューとまあまあ真面目なレビューを気分によって半々くらいで書いています。
性別はめす。ウーパールーパー飼い。雑貨屋店員。
アイコンは、掲示板の昔のリレー小説(2012年)のときのコンビ・ザリちゃんウパちゃんです。


最近の悩みは、なんか色々やりすぎて忙しいこと。
こちらで全然書けなくなってしまいましたが、掲示板などは時々のぞかせて頂いています。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2017-09-30 15:44

    この間読んだこの本↓にも、学友人からみた龍之介像が書かれていたのですが、百閒のそれとはだいぶイメージが違いそうな気がww
    読み比べてみても面白そうですね。
    私もこの本気になっていたので、読んでみようと思います!

  2. タカラ~ム2017-09-30 16:51

    >この本の初版は一九六九年で、

    ちくま文庫版は1969年(昭和44年)が初版なんですね~

    ちなみに私が図書館で借りた筑摩叢書版は、昭和40年初版の年季物でした(笑)

  3. No Image
    とよ2017-09-30 17:51

    えせ読書家のわたくしめとしましては
    漱石も龍之介も知ったこっちゃないですが、
    百閒先生が大好きなので読みたくなりました

  4. ちょわ2017-09-30 21:46

    >かもめ通信さん
    百閒先生曰く「どう云ふわけだか芥川は私に親切であつた。友情と云ふよりも、友の恩として記憶するところの方が、私には多いのである。」だそうです~!
    芥川のいいとこだけ見られるような関係だったのかもしれませんね~。他のご学友の証言も気になります(笑)


    >タカラ~ムさん
    わぁそうか~!これは後から文庫化されたやつなんだ!!先に出てた筑摩叢書版が例の恐ろしいやつだったわけですね(((・・;)
    さっそく訂正せねば。教えてくださってありがとうございます(>_<)
    そして筑摩叢書版の方の書評を楽しみにしていま~す!


    >とよさん
    あぁっ私もそんなかんじです(>_<)
    漱石芥川は実はあんまり読んでいなくて、たぶん自分の理解も浅いだろうな~と思っています。しかし百閒先生は!!百閒先生はガチで好きなんですっ!
    とよさんにはこの本、とってもオススメですよ~。なにしろ漱石芥川はともかく、百閒先生の作品をあれこれつまみ読みできるわけですから!

  5. No Image
    とよ2017-09-30 22:10

    なにを隠そう、『長春香』にのっていた文章に
    再会できるのが楽しみです。 あゝ百閒先生

  6. ぴょんはま2017-10-01 11:57

    文豪3人分+αですと?また読みたくなってしまう。

  7. ちょわ2017-10-01 13:34

    >ぴょんはまさん
    ぜひっ!これは読んで損はないですよ~\(^o^)/

  8. No Image

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