ゆうちゃんさん
レビュアー:
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ビミニ島で平和な生活を送っていた主人公トマスは、ある悲劇が元で戦争に身を投じる。丁度第二次世界大戦がはじまり、カリブ海にもUボートが出没する。撃沈されたUボートから脱出したドイツ兵たちをトマスらが追う
主人公はトマス・ハドスン。成功した画家。二度の結婚を経てカリブ海の小島にアトリエを構えて暮らす。上巻にある第一部「ビミニ(小島の名)」は、そこでの穏やかな暮らしぶりを描く。ところが一転して彼を悲劇が襲う。上下巻に分割されて掲載される第二部の「キューバ」では、トマスがある使命から戻り、飼い猫と飼い犬、家畜と暮らすハバナ近郊の農場での一日が描かれる。彼は米軍基地に行ったが、指示を下すべき海兵隊の大佐はどこかに発ってしまった。酒場で飲んでいると、トマスの元妻が訪ねてきた。ふたりで農場に戻ったところで、基地の中尉から呼び出しがあった。
下巻の大半は第三部「洋上」である。カリブ海に出没するUボードが撃沈された。ドイツ兵らは脱出した形跡がある。トマスらは、武装した船で彼らを追う。副長のアントニオ、通信係でドイツ語ができるピーターズ、料理係のウィリー、その他アラ、ヘンリー、ギル、ジョージらが同乗している。ピーターズもウィリーも銃や爆弾が扱える。彼ら一行はいわば洋上の遊撃部隊である。ある島で小屋が焼かれ住民が皆殺しにされているのがわかる。そこにあったドイツ水兵の死体から、その島が問題のUボートの乗組員に襲われたことは明らかだった、トマスと乗組員たちは、ドイツ人はハバナに潜入し、スペイン船で帰国を目論んでいると推理する。ロマーノ島、クルス島、アントン島と調べて回る。きっとドイツ人は案内にこの辺の島の漁師を捕まえているだろうと思われる。トマスらは次第に追いつき、灯台守の証言からドイツ人たちはポエルト・ココ島かギリエルモ島に向かったとわかる。一方で乗組員のヘンリーやウィリーは、自分を酷使するトマスのことを心配している。
第一部で、全く戦争の影もなく、離婚したとは言え幸福な生活を送るトマスと、第二部の酒浸りの描写を挟んで、洋上ゲリラの仕事を進めるトマスの描写、見事な対照性を示している。特に第三部は、スコールやマングローブの森、雷鳴や見えない敵の気配など不気味な描写が続き、コンラッドの「闇の奥」を彷彿とさせる。
印象的な小説ではあるが、著者の生前に出版されなかっただけあって、欠点も目につく。第一部であれだけ筆を費やしたロジャーは第二部以降はついに登場しなかった。あれは何だったのだろうか。また、延々と続く酒と会話の場面は各部共通である。もちろん臨場感を出すためには必要な部分もあるが、酒の上での話は似たようなものになりがちだし、第三部では、会話がかなり下品になってゆく。この点もいささか頂けない部分だった。日本語訳の上下巻の構成にも問題があり、殆どビミニ島の描写しかない上巻にカリブ海の地図があり、ドイツ人を追い詰める下巻に地図がない。逆であるべきだ。
(書誌的なこと)
解説には本書出版の経緯が丁寧に書かれていた。
本書は冒頭に未亡人と出版関係者の校閲を経て刊行されたとあったので、僕は死ぬ直前に書かれたものだと勘違いしていた。解説を読むと、1943年頃から執筆され、ずっと出版されなかったものだったとわかる。ヘミングウェイには陸海空にわたる壮大な長編小説の構想があった。本書はその海の部分である(陸と空は構想のみだったようだ)。海編もさらに三部に分かれるが、それが本書の第1~3部になる。ところが当初の構想では、今は「老人と海」で知られる作品がこの作品の第一部を成していた。第一部でトマスの次男デイヴィッドとメカジキの格闘場面があるが、似ているのはそんなことが原因だという。「老人と海」が別小説になってしまったので、その代わりに付け加えられたのが第三部「洋上」である。ヘミングウェイ自身、第二次世界大戦中に本書の「洋上」の様なゲリラ戦に参加していて、その経験が元になっている。「老人と海」があまりにも好評だったため(ノーベル文学賞受賞の理由となったそうだ)、また、本書全体に自身の像があまりにも投影されすぎていたため、ついに出版されなかったという。
下巻の大半は第三部「洋上」である。カリブ海に出没するUボードが撃沈された。ドイツ兵らは脱出した形跡がある。トマスらは、武装した船で彼らを追う。副長のアントニオ、通信係でドイツ語ができるピーターズ、料理係のウィリー、その他アラ、ヘンリー、ギル、ジョージらが同乗している。ピーターズもウィリーも銃や爆弾が扱える。彼ら一行はいわば洋上の遊撃部隊である。ある島で小屋が焼かれ住民が皆殺しにされているのがわかる。そこにあったドイツ水兵の死体から、その島が問題のUボートの乗組員に襲われたことは明らかだった、トマスと乗組員たちは、ドイツ人はハバナに潜入し、スペイン船で帰国を目論んでいると推理する。ロマーノ島、クルス島、アントン島と調べて回る。きっとドイツ人は案内にこの辺の島の漁師を捕まえているだろうと思われる。トマスらは次第に追いつき、灯台守の証言からドイツ人たちはポエルト・ココ島かギリエルモ島に向かったとわかる。一方で乗組員のヘンリーやウィリーは、自分を酷使するトマスのことを心配している。
第一部で、全く戦争の影もなく、離婚したとは言え幸福な生活を送るトマスと、第二部の酒浸りの描写を挟んで、洋上ゲリラの仕事を進めるトマスの描写、見事な対照性を示している。特に第三部は、スコールやマングローブの森、雷鳴や見えない敵の気配など不気味な描写が続き、コンラッドの「闇の奥」を彷彿とさせる。
印象的な小説ではあるが、著者の生前に出版されなかっただけあって、欠点も目につく。第一部であれだけ筆を費やしたロジャーは第二部以降はついに登場しなかった。あれは何だったのだろうか。また、延々と続く酒と会話の場面は各部共通である。もちろん臨場感を出すためには必要な部分もあるが、酒の上での話は似たようなものになりがちだし、第三部では、会話がかなり下品になってゆく。この点もいささか頂けない部分だった。日本語訳の上下巻の構成にも問題があり、殆どビミニ島の描写しかない上巻にカリブ海の地図があり、ドイツ人を追い詰める下巻に地図がない。逆であるべきだ。
(書誌的なこと)
解説には本書出版の経緯が丁寧に書かれていた。
本書は冒頭に未亡人と出版関係者の校閲を経て刊行されたとあったので、僕は死ぬ直前に書かれたものだと勘違いしていた。解説を読むと、1943年頃から執筆され、ずっと出版されなかったものだったとわかる。ヘミングウェイには陸海空にわたる壮大な長編小説の構想があった。本書はその海の部分である(陸と空は構想のみだったようだ)。海編もさらに三部に分かれるが、それが本書の第1~3部になる。ところが当初の構想では、今は「老人と海」で知られる作品がこの作品の第一部を成していた。第一部でトマスの次男デイヴィッドとメカジキの格闘場面があるが、似ているのはそんなことが原因だという。「老人と海」が別小説になってしまったので、その代わりに付け加えられたのが第三部「洋上」である。ヘミングウェイ自身、第二次世界大戦中に本書の「洋上」の様なゲリラ戦に参加していて、その経験が元になっている。「老人と海」があまりにも好評だったため(ノーベル文学賞受賞の理由となったそうだ)、また、本書全体に自身の像があまりにも投影されすぎていたため、ついに出版されなかったという。
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神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:344
- ISBN:9784102100097
- 発売日:2007年06月01日
- 価格:620円
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