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紅い芥子粒
レビュアー:
あの「源氏物語」には、欠落した巻があるという。
冒頭に、主人公・杉安佐子が中学三年生のときに書いたという小説。
題名はつけられていない。

ブルジョワの令嬢が、婚約者の青年から「会いたい」と、手紙をもらう。
ブルジョワらしく、家には婆やがいる。
青年とは家族ぐるみのつきあいだから、よく知っている間柄。
でも、婚約なんてしていたかしら。きっと親が勝手に決めたのね。
そういうところも、ブルジョワらしい。
昭和五十年ごろの話らしく、青年は、新左翼の活動家。
公安からも対立セクトからも、いのちをねらわれている。
令嬢は、秘密めいた指示に従って、夜の東京の街を東へ西へ……


そんな話が、泉鏡花をまねた文体でつづられている。
こんな文章を中学三年生が書くなんて! と、たじろいでいると、本編はその十四年後から始まり、主人公の杉安佐子は国文学者になっている。
専門は、十九世紀の日本文学。
すでに結婚も離婚も経験している。

「源氏物語」は、安佐子にとって専門外だが、彼女にはある疑問があった。
「桐壺」と「帚木」の間に、欠落した巻があるのではないかということ。
それが「輝く日の宮」の巻。

ほとんどが国語国文学で占められた小説である。
松尾芭蕉はなぜ「奥の細道」の旅に出たかとか、日本の幽霊についてとか、
学会の発表や公開シンポジウムの様子が、戯曲のように書かれ、内容は学問的なのにおもしろく、グイグイ引きこまれて読んでしまう。

物語の中で、月日は飛ぶように流れ、時代は昭和から平成へ。
日本は阪神大震災もオウム真理教事件も経験した。
その年その年にあった事件、世の動きが年表のように書いてあるところもおもしろい。
まさに「月日は百代の過客にして……」である。

流れる月日の中で、安佐子は恋愛をする。
寝物語が、源氏である。
恋人は、水の会社のビジネスマンなのに、よく勉強して話についてきてくれる。

ちなみに安佐子は、紫式部と藤原道長は恋人関係にあり、道長は「源氏物語」の最初の読者にして評者、なにより当時は貴重な紙の提供者だったと考えている。


しめくくりは、40歳を過ぎた安佐子が創作した小説、「輝く日の宮」である。
17歳の源氏が、藤壷の宮に逢いたくて、王命婦にみちびかれ、あやしい闇の中を、そろそろと一歩ずつ足を運んでいく…… 

15歳の安佐子が書いた冒頭の題名のない小説に、読者を再びみちびくように。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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