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hackerさん
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先日再読した『大いなる眠り』がきっかけで、ロバート・ミッチャムが映画史上最高のフィリップ・マーロウを演じた『さらば愛しき女』(1975年)を再見し、この原作も再読しました。
千世さんの書評がきっかけで読んだ仁木悦子の『冷えきった街』が収録されている、創元推理文庫『日本ハードボイルド全集4』の解説を読んで、ついでにチャンドラーの『大いなる眠り』(1939年)も再読しましたが、そうなると、ロバート・ミッチャムが映画史上最高のフィリップ・マーロウを演じた映画『さらば愛しき女』(1975年)も再見したくなり、録画してあるものを見直し、変わらぬ感銘を受けたもので、当然の如く原作も再読したくなって、本書を手に取った次第です。こういう風に連鎖が続くことは楽しいもので、本書の次に何を読むかも既に決まっています。

さて、1940年刊の本書は、レイモンド・チャンドラーの代名詞ともいうべきフィリップ・マーロウ・シリーズの長編第二作です。内容を簡単に言うと、8年ぶりに出獄し、昔の女ヴェルマを探している大鹿(ムース)マロイという大男に、マーロウが偶然出会ったことから複雑な事件に巻き込まれていくというものです。今回の再読でちょっと驚いたのは、私の記憶の中では、大鹿マロイの存在がすごく大きい小説だったのですが、もちろん印象的な役柄であるものの、私の記憶より小説全体の中ではずっと存在感が小さいことでした。これは間違いなく、私には映画の印象が強く残っているせいです。実は、小説の方では、警察の腐敗というテーマが大きく打ち出されていて、大鹿マロイは脇役という印象なのですが、これが、映画では完全に逆転しています。また、本書のマーロウには「女にもてるタフガイ」という、ありふれたハードボイルド探偵のイメージが強く出ていて、これも意外でした。つまり、あまり陰影のないマーロウなのです。それと、『大いなる眠り』でも感じましたが、ちょっと展開が荒いです。

実は、話の運びという点では、映画の方がより自然です。例えば冒頭のマーロウとマロイの出会いですが、小説では黒人専用の酒場「フロリアン」のドアから黒人が叩き出され、マーロウが好奇心にかられたのか(これがちょっと不思議です)、中を覗いてマロイに話しかけられるということになっていますが、映画では、マーロウが家出した少女を見つけだし、彼女が働いていた店の前の車にいる両親のところに少女を連れて行くまでの一部始終を、マロイが見ていて、ヴェルマを探すことをマーロウに頼むというのが、二人の出会いとなっています。どちらが自然かは言うまでもありません。つまり、映画で小説と大きく違うのは、マロイはマーロウの依頼人だという点です。ただ、この変更は、英文 Wikipedia によると、原作が同じ映画『ブロンドの殺人者』(原題 'Murder, My Sweet'、1944年)で既になされていたようなのですが、そちらは未見なので、確認できていません。そして、ヴェルマとマロイの話が全編の背景にある関係で、マロイの出番は、映画の方がはるかに多いですし、マーロウがなぜマロイに親身になるのかも、より説得力があります。

また、『大いなる眠り』でも感じましたが、本書でも、いささか人間関係とプロットが複雑に思われるのはマイナスで、例えば、マーロウに岡惚れする女性などは、それなりの役割を果たすとはいえ、全く余計だと思います。映画では、この役はマーロウと親しい新聞売りの男性に変更されていて、個人的には、その方がずっと良いと思います。

などと、いろいろと書いてきましたが、本当のところ、ロバート・ミッチャムの存在もそうですが、ファム・ファタールを演じたシャーロット・ランプリングが危険な魅力満点で、実際、彼女が最も美しく撮られていた映画の一本であることも、映画が気に入っている大きな理由であることは白状しておいた方が良いでしょう。多少、彼女の色香に迷ったエコひいきかもしれませんから、その点はご容赦ください。ただ、繰り返しになりますが、この映画のフィリップ・マーロウは最高です。ラストに、映画オリジナルのエンディングが用意されていますが、それもとても気に入っています。チャンドラー・ファンの方は、ぜひご覧ください。お勧めします。

    • 『さらば愛しき女よ』のロバート・ミッチャム演じるフィリップ・マーロウ
    • 同じ映画でファム・ファタールを演じるシャーロット・ランプリング
    • 同じ映画の、インパクト十分のランプリング初登場場面。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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この書評へのコメント

  1. マーブル2022-06-17 21:49

    ん~~~、映画も観たくなります。次に何を読まれるかも気になりますね。

  2. hacker2022-06-17 21:51

    マーブルさんは、この映画気に入るのではないでしょうか。そんな気がします。次に読むのは、有名なあの作品です。

  3. マーブル2022-06-19 13:12

    残念ながら近所のビデオレンタル店には在庫がありませんでした。レイアウトが変わっていてマンガコーナーが倍増。探すのも苦労しましたが、そもそも古い映画は処分したのでは?と心配です。マンガと海外TVシリーズものばかり並んでいて、古くてもよい映画はどうやって見ればいいのか。。。

    諦めて今日は『蜘蛛巣城』を観ました。シェイクスピアを読んでからと思っていたのですが。
    ラストの三船。あんな顔をするとは。『マクベス』を読むのが楽しみです。

  4. hacker2022-06-19 16:50

    『蜘蛛巣城』をご覧になったのですか。『マクベス』は、他にオーソン・ウェルズとロマン・ポランスキーが監督したのを観ていますが、黒澤のが一番良いと思います。特に、山田五十鈴は間違いなく最高のマクベス夫人です。

    ところで『蜘蛛巣城』のラストですが、アナログの時代なので当然とはいえ、弓矢の達人を揃えて、外しようがない至近距離から本物の矢を射たというのは御存知ですか。撮影の最中に、剛の者で知られる三船敏郎も、さすがに気分が悪くなって、少し休んでから、また撮影を続けたというエピソードがあります。

    『さらば愛しき女よ』は残念でした。アマゾンで確認しましたが、DVDで買うと、けっこう高いのですね。昔の映画が観るのがどんどん大変になるのは、残念なことです。

  5. マーブル2022-06-19 21:04

    実際に矢を射られたというのは、三船のドキュメンタリーで観た記憶があります。Wikipediaで見ると後程黒澤監督の家に散弾銃を持って訪れたとか。あの顔は本当に怖かったせいなのですかね。

    過去の名画は「午前10時の~」でやってくれるのを待つぐらいしかないんですかね。先月もらったチラシをみたら『蜘蛛巣城』も冬に上映されるようです。
    今回観たビデオはうちのスピーカーのせいなのか、音が聴き取りづらくてセリフが一部よく分かりませんでした。叫んでいるところも、また小さい声のところも。と言ってもなかなか映画館に足を運ぶことが少なくなりました。家の小さな画面で我慢する日はまだ続きそうです。

  6. No Image

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