ウロボロスさん
レビュアー:
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今年は、安部公房・生誕100周年記念だそうで、新潮文庫で記念フェアが開催されているようです。映画『箱男』もベルリン映画祭に招待され話題にのぼり、年内に公開されるようです。
最初期の作品のひとつである『デンドロカカリヤ』と『詩人の生涯』についてレポートします。
他に、全部で11の短篇が収録されています。
『デンドロカカリヤ』『手』『飢えた皮膚』
『詩人の生涯』『空中楼閣』『闖入者』
『ノアの方舟』『プルートーのわな』『水中都市』『鉄砲屋』『イソップの裁判』
【デンドロカカリヤ】
「道を歩きながら石を蹴っとばしてごらん。(中略)石が転げて行った先の、黒くしめった土くれ。(中略)何が生えてくるのだろう?いや、君の心にだよ。何か植物みたいなものが、君の心にも生えてきてるんじやないの?空を見上げてごらん。(中略)植物になったという人の話が、近頃めっきり増えたようだよ」
ある日、天の御告げを聴いたごく普通のサラリーマンであるコモン君は何気なく路端の石を蹴とばしてみた。するとどうだ………。
ハイデガーの「現存在」をもじった「原存在」としての植物を語り、「プロメテウスの火」を模した科学の陥穽を騙り、ギリシャ神話を縦横無尽にアレンジし、ライナー・マリア・リルケの『ドゥイノの悲歌』を引用し、目も眩く安部ワールドへといざない「コモン君がデンドロカカリヤになった話」がブラックユーモアとアイロニーとして炸裂し、昇華する。
【詩人の生涯】
《ユーキッタン、ユーキッタンと、三十九歳の老婆は油ですきとおるように黒くなった糸車を、朝早くから夜ふけまで、ただでさえ短い睡眠をいっそう切りつめて、(中略)人間の皮をかぶった機械のように踏みつづける。(中略)その機械を休ませないという目的のためだけに。》
そしてとうとう老婆は、指先に絡みついてよりをかけられた糸車に引き込まれ………。ジャケツ(防寒としての上着)として蘇ったのである。そしてその老婆には息子がいた。しかも年老いた。
三十九歳で老婆という表現からして不穏な空気がただようが………。この作品のタイトルに「詩人の生涯」とある理由が判然とし、そしてラストシーンに戦慄した。
《太陽の足は膝をかがめ、影は長く淡くなって、冬が来た。蒸発していった夢や魂が、空中で雲になって一日じゅう太陽の光をさえぎるので、ひとしお寒い冬が来た。》そして寒い冬空にはその夢や魂が上空に蒸発して凍えるような雪が、世界を凍りつかせるのである。吹雪!吹雪!《氷の世界》の到来である。そこでジャケツが活躍する。
この短い作品の中には資本主義の富と搾取と貿易輸出のからくりと、マニュファクチュアと家内制手工業の実態とその価値の転倒を突きつけ貧困の連鎖が見事に凝縮されて描かれている。
この作品にキャッチコピーを付けるなら以下のようになるだろうか?
《吉野弘『雪の日に』と井上陽水『氷の世界』をミキサーにかけ最後はエメリヤーエンコ・ヒョードルの『氷の拳』によって粉砕破砕したような……稀有な作品である》と。(笑)。
それにしても冒頭の「ユーキッタン」という不思議なオノマトペは、糸車のタタラを踏む音から降る雪の音へと変奏されしばらくは脳裡で鳴りつづけていた。
他に、全部で11の短篇が収録されています。
『デンドロカカリヤ』『手』『飢えた皮膚』
『詩人の生涯』『空中楼閣』『闖入者』
『ノアの方舟』『プルートーのわな』『水中都市』『鉄砲屋』『イソップの裁判』
【デンドロカカリヤ】
「道を歩きながら石を蹴っとばしてごらん。(中略)石が転げて行った先の、黒くしめった土くれ。(中略)何が生えてくるのだろう?いや、君の心にだよ。何か植物みたいなものが、君の心にも生えてきてるんじやないの?空を見上げてごらん。(中略)植物になったという人の話が、近頃めっきり増えたようだよ」
ある日、天の御告げを聴いたごく普通のサラリーマンであるコモン君は何気なく路端の石を蹴とばしてみた。するとどうだ………。
ハイデガーの「現存在」をもじった「原存在」としての植物を語り、「プロメテウスの火」を模した科学の陥穽を騙り、ギリシャ神話を縦横無尽にアレンジし、ライナー・マリア・リルケの『ドゥイノの悲歌』を引用し、目も眩く安部ワールドへといざない「コモン君がデンドロカカリヤになった話」がブラックユーモアとアイロニーとして炸裂し、昇華する。
【詩人の生涯】
《ユーキッタン、ユーキッタンと、三十九歳の老婆は油ですきとおるように黒くなった糸車を、朝早くから夜ふけまで、ただでさえ短い睡眠をいっそう切りつめて、(中略)人間の皮をかぶった機械のように踏みつづける。(中略)その機械を休ませないという目的のためだけに。》
そしてとうとう老婆は、指先に絡みついてよりをかけられた糸車に引き込まれ………。ジャケツ(防寒としての上着)として蘇ったのである。そしてその老婆には息子がいた。しかも年老いた。
三十九歳で老婆という表現からして不穏な空気がただようが………。この作品のタイトルに「詩人の生涯」とある理由が判然とし、そしてラストシーンに戦慄した。
《太陽の足は膝をかがめ、影は長く淡くなって、冬が来た。蒸発していった夢や魂が、空中で雲になって一日じゅう太陽の光をさえぎるので、ひとしお寒い冬が来た。》そして寒い冬空にはその夢や魂が上空に蒸発して凍えるような雪が、世界を凍りつかせるのである。吹雪!吹雪!《氷の世界》の到来である。そこでジャケツが活躍する。
この短い作品の中には資本主義の富と搾取と貿易輸出のからくりと、マニュファクチュアと家内制手工業の実態とその価値の転倒を突きつけ貧困の連鎖が見事に凝縮されて描かれている。
この作品にキャッチコピーを付けるなら以下のようになるだろうか?
《吉野弘『雪の日に』と井上陽水『氷の世界』をミキサーにかけ最後はエメリヤーエンコ・ヒョードルの『氷の拳』によって粉砕破砕したような……稀有な作品である》と。(笑)。
それにしても冒頭の「ユーキッタン」という不思議なオノマトペは、糸車のタタラを踏む音から降る雪の音へと変奏されしばらくは脳裡で鳴りつづけていた。
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これまで読んできた作家。村上春樹、丸山健二、中上健次、笠井潔、桐山襲、五木寛之、大江健三郎、松本清張、伊坂幸太郎
堀江敏幸、多和田葉子、中原清一郎、等々...です。
音楽は、洋楽、邦楽問わず70年代、80年代を中心に聴いてます。初めて行ったLive Concertが1979年のエリック・クラプトンです。好きなアーティストはボブ・ディランです。
格闘技(UFC)とソフトバンク・ホークス(野球)の大ファンです。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:341
- ISBN:9784101121079
- 発売日:1973年07月01日
- 価格:540円
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