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有坂汀さん
有坂汀
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イスラエルの諜報機関である「モサド」によってアルゼンチンから連れてこられ、裁判を受けさせられて刑場の露と消えた男であるアドルフ・アイヒマンを哲学者であるハンナ・アーレントが書いた裁判傍聴記録です。
本書はアルゼンチンに潜伏していたところをイスラエルの諜報機関である「モサド」によって拉致同然に連れてこられ、裁判を受けさせられて刑場の露と消えた男であるアドルフ・アイヒマンを哲学者であるハンナ・アーレントが書いた裁判傍聴記録です。

あまりにも有名でありながらも、有名なアイヒマンの言葉である
「私は書類に判子をついただけだ」
は余りにも重く、今の今まで読むことを躊躇していたわけですが、それを変えるきっかけになったのは再放送されていた『BS世界のドキュメンタリー「実録 アイヒマン裁判」』とハンナ・アーレントの生涯を描いた伝記映画『ハンナ・アーレント』を相次いで見たことからでした。

アーレントはアメリカの高級誌『ザ・ニューヨーカー』からの依頼でイスラエルにて行われ、後に『アイヒマン裁判』と呼ばれる歴史的裁判に立ち会い、そのルポルタージュであり後の本書の基なる連載をを発表するわけですが、その内容が
「アイヒマンを擁護している!」
とのことで「身内」であるはずのユダヤ系コミュニティーですら轟々たる批判を受け、彼女が孤立を深めていく姿が描かれるわけですが、本書の中で言及され、「悪」というものを考える上で国際的な「スタンダード」となりつつある
『悪の凡庸さ』
という概念について、アーレントは裁判の傍聴体験を基に考察を深めていくのです。

彼女の眼差しを通して浮かび上がる「稀代の犯罪者」の実像は、我々の隣にいる人間なのかもしれないということであり、実務的には有能で、己の職務に誇りを持って取り組み、その成果に責任と自信。そして所属意識を感じる。一見なんら落ち度はなく、むしろその賞賛され、おそらく現代社会を構築する大体の組織、社会文化や規範に照らし合わせてみても、「立派な社会人」「一人前の組織人」と見なされ、評価を受けることでしょう。

しかし、それが
「一つの民族を地球上から抹殺する」
方向に振り向けられると世界史上類を見ないほどの大量虐殺が生まれるのかと。その「事実」に文章を書いていて慄然とする思いがするのです。

アイヒマン本人は本書が指摘するように根っからの「悪人」ではなく、「凡庸な人間」が外部からの「力学」によって、または自らの「職業的良心」に忠実であろうとするが故に(規模は違えど)「悪」をなしえることが往々にしてある。本書は我々に強く訴えかける一冊であり、その「想い」は人の世が続く限り何度でも繰り返し、問われ続けることでしょう。

【追記】
本書は『エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】』(みすず書房)として2017年8月24日に用語を中心に大幅に手を加え、用字法なども今後の読者のために読みやすく書き換えた。関係年表も一新。四六判になって生まれ変わり、再販されました。
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有坂汀
有坂汀 さん本が好き!1級(書評数:2673 件)

有坂汀です。偶然立ち寄ったので始めてみることにしました。ここでは私が現在メインで運営しているブログ『誇りを失った豚は、喰われるしかない。』であげた書評をさらにアレンジしてアップしております。

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