hackerさん
レビュアー:
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「最近は読書量が減って、歴史書ばかりひもといているが、なにがあろうと変化しない唯一のものは人間性だということがよくわかる」(本書収録『孔雀屋敷』の登場人物の台詞)
インド生まれで、3歳の時に父を亡くし、母とイギリスに戻るという育ちのイーデン・フィルポッツ(1862-1960)は、私のようなオールド・ファンにとっては、『赤毛のレドメイン家』(1922年)と『闇からの声』(1925年)の二つの長篇が、昔は海外ミステリー・ベスト10の常連だったこともあり、記憶に残っている名前です。ただ、短篇は、単発的に読んだことはあるのかもしれませんが、記憶には残っておらず、本書のように、フィルポッツの短篇集という形での出版も、おそらく日本初ではないかと思います。日本独自編纂の本書には全6作が収録されていますが、例によって、特に印象的なものを紹介します。()は初出年です。
●『孔雀屋敷』(1926年)
スコットランドのグラスゴーで教師をしている35歳の独身女性ジェーン・キャンベルの元に、ダートムーアに住んでいる教父(ゴッドファーザー)の退役将軍ジョージ・グッドイナフ将軍より招待状が届きました。ダートムーアはイングランドの南西の高地にあり、現在は国立公園となっている場所で、グラスゴーからは相当距離があります。将軍は、ジェーンの父の親友で、ジェーンは33年前の父の葬儀以来会ったことがなかったのですが、その招待を受けて、彼の地に赴きます。ジェーンを歓待してくれた将軍は85歳でしたが、まだ頭はしっかりとしており、彼女にこんな話をします。
「お父上はスコットランド人らしい特別な能力に恵まれたうえ、一般にスコットランド人の欠点といわれるものには縁のない方だった。そして千里眼という力の持ち主だった―それを科学的に説明はできないし、否定することもあったが、そう考えないと説明がつかん」
また、彼女のことを、父親そっくりだとも言うのでした。二人はお互いに好意を抱きます。
翌朝、ジェーンは自転車を借りて、近所の散策に出かけます。特に行く当てもなくあちこち歩き回っていると、生きた孔雀が二羽飼われている立派な屋敷を見つけます。ところが、そこでジェーンは殺人が行われる現場を見てしまうのでした。
本作は、ミステリーではありません。ジャンル分けするなら、怪奇小説と呼んでもいいでしょう。そして、ラスト一行アンソロジーの資格十分なエンディングが待っています。
●『ステバン・トロフィミッチ』(1926年)
帝政ロシア時代の農奴解放(1861年)後の、ツルゲーネフの生地として知られるオリョール地方を舞台にした作品です。
元農奴の主人公ステバン・トロフィミッチが、農民を人間扱いしない地主の伯爵を、テロリストたちに煽られて、殺害しようとするも失敗し、残酷な拷問を受けるという話です。これも、ミステリーと言えばミステリーなのですが、相手を人間だと思わなければ、人間がいかに残虐になれるかという話です。
●『三人の死体』(1921年)
収録作の中では、一番ミステリーらしい話です。西インド諸島のバルバドス島で起きた不可解な事件を調査・解決する目的で、「ぼく」は私立探偵事務所長のマイケル・デュヴィーンに、その地に派遣されます。調べるのは、現地で人望もあり皆から尊敬されているヘンリー・スラニングという大地主が、サトウキビ畑で死体となって発見された事件です。その死体に重なるようにして、ジョン・ディングルという男の死体もありました。ディングルは、スラニングの農園で働いていたのですが、スラニングのことを慕っていたことはよく知られていました。ところが、二人を殺したのは、ディングルの銃から発射された弾丸だったのです。そして、その銃は二人の死体から20メートル近く離れた場所に転がっていました。近くにはスラニングが持っていた拳銃も転がっていましたが、弾丸は装填されていませんでした。調査の結果、そもそも銃嫌いのスラニングが購入したことは間違いないのですが、何のためだったのかは分かりません。更に、近くの海に面した断崖の途中に引っかかった、喉が切り裂かれたソリー・ローソンという混血児の死体も見つかりました。彼も、スラニングの熱烈な崇拝者でした。この三人の死に、何か関連があるのか、また、およそ命を狙われるとは無縁のようなスラニングがなぜ殺されたのかが、分からなかったのです。「ぼく」は、ありとあらゆる聞き込みをし、調べられることはすべて調べたつもりでしたが、それでも真相は分かりません。「ぼく」は詳細な報告書を作り、デュヴィーン所長にそれを送って、バルバドス島を離れます。しかし、帰国してみると、所長は、具体的な証拠はまったくないものの、これしかないという結論に達していたのでした。
whodunit、whyduit、howdunitの三要素を問いかけるミステリーです。中心となるのはwhyduitで、それが分からないと、謎解きは無理でしょう。実は、本作は戦後に書かれた、日本の某有名ミステリーにヒントを与えたのかもしれないと思われます。冒頭で述べたように、かつては海外ミステリーベスト10の常連だったフィルポッツですから、彼の原書も好事家の間では読まれていたでしょうから、その可能性はありそうです。
●『鉄のパイナップル』
他人から見ればどうでもいいような物に、偏執症的な執着を持ってしまう「わたし」が、それゆえに犯してしまう犯罪を語る話です。内容を細かく伝えても、魅力が伝わりにくいタイプの作品ですが、犯罪者心理を語るのは、フィルポッツの得意とするところで、それがよく出ている作品です。
この中から、ベストを挙げるなら『孔雀屋敷』になります。本書を読むと、フィルポッツの本領は謎解きというよりも、人間心理描写にあったことがよく分かります。なお、初出年が1926年の作品は、いずれも同年に発表された短篇集『孔雀屋敷』に収録されていたものです。
●『孔雀屋敷』(1926年)
スコットランドのグラスゴーで教師をしている35歳の独身女性ジェーン・キャンベルの元に、ダートムーアに住んでいる教父(ゴッドファーザー)の退役将軍ジョージ・グッドイナフ将軍より招待状が届きました。ダートムーアはイングランドの南西の高地にあり、現在は国立公園となっている場所で、グラスゴーからは相当距離があります。将軍は、ジェーンの父の親友で、ジェーンは33年前の父の葬儀以来会ったことがなかったのですが、その招待を受けて、彼の地に赴きます。ジェーンを歓待してくれた将軍は85歳でしたが、まだ頭はしっかりとしており、彼女にこんな話をします。
「お父上はスコットランド人らしい特別な能力に恵まれたうえ、一般にスコットランド人の欠点といわれるものには縁のない方だった。そして千里眼という力の持ち主だった―それを科学的に説明はできないし、否定することもあったが、そう考えないと説明がつかん」
また、彼女のことを、父親そっくりだとも言うのでした。二人はお互いに好意を抱きます。
翌朝、ジェーンは自転車を借りて、近所の散策に出かけます。特に行く当てもなくあちこち歩き回っていると、生きた孔雀が二羽飼われている立派な屋敷を見つけます。ところが、そこでジェーンは殺人が行われる現場を見てしまうのでした。
本作は、ミステリーではありません。ジャンル分けするなら、怪奇小説と呼んでもいいでしょう。そして、ラスト一行アンソロジーの資格十分なエンディングが待っています。
●『ステバン・トロフィミッチ』(1926年)
帝政ロシア時代の農奴解放(1861年)後の、ツルゲーネフの生地として知られるオリョール地方を舞台にした作品です。
元農奴の主人公ステバン・トロフィミッチが、農民を人間扱いしない地主の伯爵を、テロリストたちに煽られて、殺害しようとするも失敗し、残酷な拷問を受けるという話です。これも、ミステリーと言えばミステリーなのですが、相手を人間だと思わなければ、人間がいかに残虐になれるかという話です。
●『三人の死体』(1921年)
収録作の中では、一番ミステリーらしい話です。西インド諸島のバルバドス島で起きた不可解な事件を調査・解決する目的で、「ぼく」は私立探偵事務所長のマイケル・デュヴィーンに、その地に派遣されます。調べるのは、現地で人望もあり皆から尊敬されているヘンリー・スラニングという大地主が、サトウキビ畑で死体となって発見された事件です。その死体に重なるようにして、ジョン・ディングルという男の死体もありました。ディングルは、スラニングの農園で働いていたのですが、スラニングのことを慕っていたことはよく知られていました。ところが、二人を殺したのは、ディングルの銃から発射された弾丸だったのです。そして、その銃は二人の死体から20メートル近く離れた場所に転がっていました。近くにはスラニングが持っていた拳銃も転がっていましたが、弾丸は装填されていませんでした。調査の結果、そもそも銃嫌いのスラニングが購入したことは間違いないのですが、何のためだったのかは分かりません。更に、近くの海に面した断崖の途中に引っかかった、喉が切り裂かれたソリー・ローソンという混血児の死体も見つかりました。彼も、スラニングの熱烈な崇拝者でした。この三人の死に、何か関連があるのか、また、およそ命を狙われるとは無縁のようなスラニングがなぜ殺されたのかが、分からなかったのです。「ぼく」は、ありとあらゆる聞き込みをし、調べられることはすべて調べたつもりでしたが、それでも真相は分かりません。「ぼく」は詳細な報告書を作り、デュヴィーン所長にそれを送って、バルバドス島を離れます。しかし、帰国してみると、所長は、具体的な証拠はまったくないものの、これしかないという結論に達していたのでした。
whodunit、whyduit、howdunitの三要素を問いかけるミステリーです。中心となるのはwhyduitで、それが分からないと、謎解きは無理でしょう。実は、本作は戦後に書かれた、日本の某有名ミステリーにヒントを与えたのかもしれないと思われます。冒頭で述べたように、かつては海外ミステリーベスト10の常連だったフィルポッツですから、彼の原書も好事家の間では読まれていたでしょうから、その可能性はありそうです。
●『鉄のパイナップル』
他人から見ればどうでもいいような物に、偏執症的な執着を持ってしまう「わたし」が、それゆえに犯してしまう犯罪を語る話です。内容を細かく伝えても、魅力が伝わりにくいタイプの作品ですが、犯罪者心理を語るのは、フィルポッツの得意とするところで、それがよく出ている作品です。
この中から、ベストを挙げるなら『孔雀屋敷』になります。本書を読むと、フィルポッツの本領は謎解きというよりも、人間心理描写にあったことがよく分かります。なお、初出年が1926年の作品は、いずれも同年に発表された短篇集『孔雀屋敷』に収録されていたものです。
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「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:0
- ISBN:9784488111076
- 発売日:2023年11月30日
- 価格:1100円
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