そうきゅうどうさん
レビュアー:
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ボワロ&ナルスジャックが得意とした人の持つ猜疑心や不信感が引き起こす恐怖やサスペンスは、人が人である限り未来永劫変わることはない。本作もまた、今なお色褪せない、そんな作品の1つである。
かつてフランスミステリの騎手であったボワロ&ナルスジャックによる『犠牲者たち』を読むのは、今回で三度目になる。一度目は大学生だった20代初め頃で、当時の感想は「何一つ面白さが感じられないクズ小説」だった。二度目は会社員をしていた30代初め頃。その時の感想は「最小限の登場人物で構築された見事なサスペンス小説」。この違いは私の人生経験の差に由来するものだったが、同じ本に対して自身の評価が180°変わってしまったことに自分でも驚いた。そして今回、60代前半での三度目。のめり込むように読んだ覚えのある二度目とは異なり、今回は冷静に読めたものの、やはり非常によくできたサスペンス小説だと感じた。
出版社で編集者を務める「ぼく」ことピエール・ブリュランは、原稿を持ち込んできたマヌー(エマニュエル)と恋に落ちる。だが、マヌーは名の知れたダム建設家、ルネ・ジャリュの妻だった。思わぬ不倫関係となってしまった「ぼく」だが、マヌーへの思いは断ちがたく、ダム建設のためジャリュが妻を伴ってアフガンに行くことになると聞くと、「ぼく」も出版社の上司に掛け合って休暇をもらいアフガンへ。ところがカブールの空港で待つ「ぼく」の前に現れたのは…。
…というわけで、本作は下世話な言い方をすれば不倫をネタにしたサスペンスであり、人によっては(特に全体の3/4くらいまでは)かつての2時間ドラマのような話だな、と思われるかもしれない。それでも最後の1/4の展開は“不倫サスペンス”の定型にはない、想定を超えたものだろう。
ボワロ&ナルスジャックは時のミステリ・シーンをリードする作家だったが、それゆえに今は古くなってしまった作品も少なくない。彼らの作品のうち、例えば『悪魔のような女』や『呪い』を今、発表当時のような恐怖やサスペンスを感じながら読むことは難しい。『悪魔のような女』の場合は、その後に似たような作品が量産されたことで新しさが失われてしまったために。『呪い』の場合は、人々の意識に変化によってサスペンスの根幹をなす要素が現在では「人種差別的」とされてしまうようになったために(もちろん、こうしたことはボワロ&ナルスジャック作品に特有のものではなく、他のミステリ作品にも広く当てはまることだ)。
だがその反面、彼らが得意とした人の持つ猜疑心や不信感、歪んだ愛欲が引き起こす恐怖やサスペンスは、人が人である限り未来永劫変わることはない。たった5人の登場人物による奇妙な出来事を描いた本作もまた、今なお色褪せない、そんな作品の1つである。復刊時に加えられた「魔術師たち」と題された解説には
なお、ここに挙げられた3つの作品は私が住んでいるところの近隣の図書館では、もう読むことはできない(他の地域でも多分、似たようなものだろう)。
出版社で編集者を務める「ぼく」ことピエール・ブリュランは、原稿を持ち込んできたマヌー(エマニュエル)と恋に落ちる。だが、マヌーは名の知れたダム建設家、ルネ・ジャリュの妻だった。思わぬ不倫関係となってしまった「ぼく」だが、マヌーへの思いは断ちがたく、ダム建設のためジャリュが妻を伴ってアフガンに行くことになると聞くと、「ぼく」も出版社の上司に掛け合って休暇をもらいアフガンへ。ところがカブールの空港で待つ「ぼく」の前に現れたのは…。
…というわけで、本作は下世話な言い方をすれば不倫をネタにしたサスペンスであり、人によっては(特に全体の3/4くらいまでは)かつての2時間ドラマのような話だな、と思われるかもしれない。それでも最後の1/4の展開は“不倫サスペンス”の定型にはない、想定を超えたものだろう。
ボワロ&ナルスジャックは時のミステリ・シーンをリードする作家だったが、それゆえに今は古くなってしまった作品も少なくない。彼らの作品のうち、例えば『悪魔のような女』や『呪い』を今、発表当時のような恐怖やサスペンスを感じながら読むことは難しい。『悪魔のような女』の場合は、その後に似たような作品が量産されたことで新しさが失われてしまったために。『呪い』の場合は、人々の意識に変化によってサスペンスの根幹をなす要素が現在では「人種差別的」とされてしまうようになったために(もちろん、こうしたことはボワロ&ナルスジャック作品に特有のものではなく、他のミステリ作品にも広く当てはまることだ)。
だがその反面、彼らが得意とした人の持つ猜疑心や不信感、歪んだ愛欲が引き起こす恐怖やサスペンスは、人が人である限り未来永劫変わることはない。たった5人の登場人物による奇妙な出来事を描いた本作もまた、今なお色褪せない、そんな作品の1つである。復刊時に加えられた「魔術師たち」と題された解説には
後年、この魔術師たち(ボワロ&ナルスジャックのこと)のトーンがいささか落ちてきたのは残念であるが、本作は1959年の『思い乱れて』、60年の『呪い』、62年の『仮面の男』に続いて発表された、ボワロ&ナルスジャック最盛期の、まさに脂の乗り切った見事な傑作である。とある。
なお、ここに挙げられた3つの作品は私が住んでいるところの近隣の図書館では、もう読むことはできない(他の地域でも多分、似たようなものだろう)。
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「ブクレコ」からの漂流者。「ブクレコ」ではMasahiroTakazawaという名でレビューを書いていた。今後は新しい本を次々に読む、というより、過去に読んだ本の再読、精読にシフトしていきたいと思っている。
職業はキネシオロジー、クラニオ、鍼灸などを行う治療家で、そちらのHPは→https://sokyudo.sakura.ne.jp
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:0
- ISBN:9784488141066
- 発売日:1995年11月01日
- 価格:1000円
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