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hackerさん
hacker
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「誰が駒鳥 殺したの それは私 とスズメが言った 私の弓で 私の矢羽で 私が殺した 駒鳥を  誰が見たの 駒鳥が死ぬのを それは私 とハエが言った 私の眼で 小さな眼で 私が見たの 駒鳥が死ぬのを」(『誰が駒鳥を殺したの?』より)
本書の原題 "I, Said the Fly"は、マザー・グースの中でも有名な "Who Killed Cock Robin?" から来ています。その出だしの部分が重要なので、Wikipediaの訳文(一部原文の意味により近づくように変えてあります)と一緒に紹介しておきます。

Who killed Cock Robin?
I, said the Sparrow,
with my bow and arrow,
I killed Cock Robin.
誰が駒鳥 殺したの
それは私 とスズメが言った
私の弓で 私の矢羽で
私が殺した 駒鳥を
Who saw him die?
I, said the Fly,
with my little eye,
I saw him die.
誰が見たの 駒鳥が死ぬのを
それは私 とハエが言った
私の眼で 小さな眼で
私が見たの 駒鳥が死ぬのを

本書は、駒鳥が死ぬのを見ていた「ハエ」は誰なのか、駒鳥を殺した「スズメ」は誰なのか、という二つの謎を中心に展開されるミステリーです。作者のエリザベス・フェラーズ(1907ー1995)は、英領ビルマのラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)で生まれました。Wikipediaによると、幼少期にはドイツの乳母についてドイツ語を習い、いずれはベルリンで教育を受ける予定だったのですが、第一次大戦を前にした英独間の支持情勢悪化により、6歳の時にイギリスに移住することになりました。英文Wikipediaによると、70冊以上の長篇と、5冊の短篇集を出していますから、かなりの多作家だったようです。

興味深いのは「彼女は後年、子供の頃にドイツ語を学ばなかったら犯罪小説を書くことはできなかっただろうと主張し、厳密な文構造と複雑な文法規則は犯罪スリラーのアーキテクチャに不可欠な準備でした」とWikipediaに書かれている点です。ロジカル・シンキングの基礎をドイツ語から学んだということなのでしょう。あまり類のない発言ですが、英語に比べると、フランス語もそうですが、ドイツ語もかっちりした文法規則があることはその通りだと思います。処女作は1932年に発表しましたが、名が売れてきたのは『その死者の名は』(1940年)から始まったトビー・ダイク&ジョージ・シリーズからのようで、このシリーズ5作はすべて翻訳が出ています。早川書房編集部の本書あとがきによると、このシリーズはトリッキーな謎解き中心だったようですが、1945年刊の本書は、ちょっと趣が異なります。


物語は、1941年春、ケイ・ブライアントという女性が、かつて住んでいたロンドンのリツル・カーベリイ通りを訪れる場面から始まります。ドイツによる空襲で、当時住んでいた十号館は影も形もなく、かつてなじみだった店も大半がなくなっていました。ほとんど廃墟と化した街を歩いているうち、彼女は戦争前の春、29歳の時に起った事件のことを思い出します。その1年前に彼女は詩人の夫パトリックと別れるつもりで、家を出たのです。それから「文無し生活に押し流されて、リツル・カーベリイ街の十号館の、しかも最上階の、寝室兼居間に漂いこむことになった」のでした。その辺りの環境は決して良いものではありませんでしたが、貧しい画家として生活している身では仕方ないことでした。そして、この十号館には、個性豊かな、いかがわしいとも言える人間たちが住んでいました。

同じ階の隣の部屋に引っ越してきたばかりのパメラ・フーラーは、避難民救済所に勤めていましたが、元共産党員だと自称し、警察が今でも彼女をマークしていると信じていました。階下の批評家テッド・ヘイは風呂が大嫌いで2週間入らなくても平気ですし、結婚せずに同棲している(当時の一般感覚としては不道徳きわまりないことでしょう)メリッサ・アイボリイは美人ですが、およそ何事も自分一人では満足にできない女性でした。建築家のチャーリイ・ボイスは、美男子ですが、ケイに言い寄ってきます。1階のフラワー夫人は、どうやら自分の部屋をいかがわしい取引の場所にしているようですし、管理人のトヴィは、何かと言うと、住民の会話を盗み聞きするので知られており、家主のミス・リンガードはややヒステリー症の気がありました。

こんな十号館ですが、ケイはなんとなく漂っていたのです。ところが、ある日、パメラがガスを引こうと工事を頼んだところ、工事に来た職人が、釘でうちつけられた床板の下から、布にくるまれたピストルを見つけます。警察と係わりになることを嫌がるパメラの反対を押し切って、職人たちはそれを警察に届けます。ところが、そのピストルは、先日ハムステッドで顔を滅茶苦茶にされた上、全裸で発見された若い女性を殺した凶器だったのです。死体の写真を見たケイは、それがパメラが引っ越す前まで、その部屋に住んでいたナオミ・スミスだということを認めます。十号館の住人たちは、全員容疑者となってしまいました。そして、住民間で、誰が犯人だという勝手な推理合戦が繰り広げられます。しかし、第二の殺人が起ってしまうのです。果して、誰が「スズメ」なのでしょう?そして、見ていた「ハエ」は誰なのでしょうか?


本書は、謎解きに感心するというよりも、十号館の住人たちの人間描写の妙と、誰もかれもが多少なりとも嘘をついているように思える混乱の中から、最後に浮かびあがってくる真相、はっきりと語られていない犯人の最期等、かなり文学的な要素の方に楽しみがあります。ジャンル分けということにどの程度意味があるのかとは、いつも思うことですが、それを理解した上で読むと良いと思います。

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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2261 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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この書評へのコメント

  1. ソネアキラ2025-09-11 09:28

    「パタリロ」のクックロビン音頭を思い浮かべたマンガチックなわたくし

  2. hacker2025-09-13 09:46

    「パタリオ」は名前だけ知っていましたが、読んだことはなく、ググってしまいました。このマザーグースが日本でもよく知れれていることを認識しました。ありがとうございます。

  3. No Image

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