祐太郎さん
レビュアー:
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恋と革命。蛇とキリスト教。太宰晩年の緻密な構造が光る。かず子は本当に上原の子を妊娠したのか。
朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ」
と幽かすかな叫び声をお挙げになった。
斜陽の冒頭である。余分な言葉がなく、読んでいるそばからイメージが湧く名文である。あえて書かれていないが、主人公かず子のお母様がスウプを救うのはスプーンである。スプーンの形は蛇の頭のようである。スプーンを救う手の形もまるで蛇の頭のようである。そして、それらを先に提示したうえで、蛇が登場する。蛇の卵を焼いて地面に埋め、父親が亡くなったときに出てきたという蛇。
蛇といえば、アダムとイブに禁断の果実を食べさせ、人間に原罪を負わせたキリスト教の中では非常に重要な存在である。この小説には新訳聖書のマタイ伝が数多く引用される。引用されるマタイ伝ではイエスの言葉として蛇か賢い存在として扱われている。
イエス自体、革命家である。ユダヤ教の広がる世界でキリスト教(の原型)を布教し、磔刑に処せられた。そして、華族出身のかず子もまた自分自身の人生を革命しようとする。そして名文を残す。
人間は恋と革命のために生まれてきたのだ
かず子は上原と関係を結び、そして子を授かることが既存の倫理を超える革命と考える。誇り高い華族の令嬢が上原に固執するように変化していく様は3通の手紙に描かれている。
では、恋と革命を全面的に肯定するのかといえば、そんなことはない。太宰治は共産党運動にも協力してきた。そして、運動の向こう側にあるものを見てきたはずなのである。
事実、上原と会い、肉体関係を結ぶ前に上原への恋は終わっている。
私のその恋は、消えていた。
夜が明けた。
部屋が薄明るくなって、私は、傍で眠っているそのひとの寝顔をつくづく眺ながめた。ちかく死ぬひとのような顔をしていた。疲れはてているお顔だった。
犠牲者の顔。貴い犠牲者。
私のひと。私の虹にじ。マイ、チャイルド。にくいひと。ずるいひと。
この世にまたと無いくらいに、とても、とても美しい顔のように思われ、恋があらたによみがえって来たようで胸がときめき、そのひとの髪を撫なでながら、私のほうからキスをした。
かなしい、かなしい恋の成就
だからこそ思う。本当にかず子は上原の子を妊娠していたのか。かず子は死産の経験がある。そう、妊娠の経験がある。生理が1か月止まったぐらいで「すわ妊娠した」と手紙にしたためるのか。
私は違うと思う。恋も革命もその内実は欺瞞である。彼女もまた「お腹のなかに上原の子がいるという設定で死を選んだ」のではないのか。だって、生まれてくる子を上原の子に弟の子として抱かせたいと書いていたながら、
私は、あのひとに、おそらくはこれが最後の手紙を、水のような気持で、書いて差し上げた
と書いているのである。「人間失格」もそうだが、戦後に書かれた彼の晩年の小説は非常に構成が緻密である。
かず子とお母様が東京で住んでいたのは「文京区西方」。東京大学本郷キャンパスの西側に広がるこの地区は空襲の被害がなかった奇跡的な場所である。もし、この二人が空襲の被害を受けていたら、また違う人生があったかもしれない。空襲を免れた=戦前の生活空間を維持できたことが悲劇を生んでしまったのかもしれないという不条理がそこにある。
13年ぶりに読んだけれど、本当に新たな発見が多かった。
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片道45分の通勤電車を利用して読書している
アラフィフ世代の3児の父。
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プロフィールの画像はうちの末っ子の似顔絵を田中かえが描いたものです。
2024年3月20日更新
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