かもめ通信さん
レビュアー:
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「今から十年くらいあとの話」こんな書き出しで始まる物語。
今から十年くらいあとの話。
こんな書き出しで始まる物語。
主人公兼語り手の「わたし」は「世界探偵委員会連盟」の養成学校を卒業した探偵だ。
恩師の紹介で彼女が昔開業していたという坂の多い街で事務所兼自宅を構えたのだが、一週間後に起きた停電を境に帰れなくなってしまった。
探偵事務所に。
自分の自宅に。
地図を読むのは得意で、道にも迷わない。その能力を生かせる職業として探偵と思い当たったぐらいだったから、自分の家への道が分からないはずはなかったが、往来を何度行き来しても、家に通じる路地が見つからないのだ。
しかたなく、依頼を受ける条件として、解決まで宿泊場所を用意してもらえるなら基本料金を半額にすることに。
なんともあやしげな探偵だが、どうやらこれは、どうやっても家に戻れないという設定の カフカの『城』的な不条理文学に違いないと当たりをつけて読み進める。
案の定、読み進めても、謎解きが必要な怪事件や殺人事件などは起きない。
したがって「わたし」は、犯人を見つけないし謎も解かない。
「わたし」が手がけるのは、街で暮らす人々に依頼される過去探しのような仕事と、目的不明でどこか不穏な匂いのする調査依頼。
誰かの目となり耳となって、求められた場所に行き、なにかを見つけて届けたり、なにかを見つけられずにひたすら歩き回ったりもする。
探偵が訪れる街や国に具体的な名前はないが、実在する場所を思い起こさせる特徴や歴史を持っているので、読者は思わずあれこれ想像してしまう。
読み進めていくうちに「わたし」が帰れないのは、家だけではないことが明らかになったいく。
十年前、養成学校に進学するために異国へと飛び立った時、「わたし」はもちろん数年で帰国するつもりでいたのだが、その直後、祖国では大規模な自然災害が起こり、移動と通信が制限される非常警戒態勢が発令された。
翌年にはパンデミックが発生し、世界中が混乱する最中、統治体制が変わったその国は国際機関から脱け、外交関係を断絶してしまう。
そうして「わたし」は、生まれ育った国にも帰れなくなったのだ。
確かに探偵は帰れない。
だがしかし考えてみると、自分のルーツを知りたがる依頼者も、若い頃の思い出の場所の写真を撮ってきて欲しいと願う依頼者も、亡くなった娘が当時付き合っていた相手を知りたいと願う依頼者も、帰りたくても帰れない時や場所があるのだろう。
読みながら“今から十年くらいあと”の自分と“今から十年くらいまえ”の自分にも思いをはせる。
あったかもしれない過去、あるかもしれない未来。
そうこれは、「今から十年ぐらいあと」に、世界は、自分は、どうなっているのかを考えずにはいられない本だった。
なにもかもが不確かな中で、何をよりどころに「自分」をどう定義するのかを問うような物語でもあった。
足元がぐらりと揺れるような、不思議な読み心地の本だった。
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本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
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