そうきゅうどうさん
レビュアー:
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描写は極めて曖昧で主観的、またどこか詩的ですらある。全てがまるで曇りガラス越しのように語られ、読み手はぼんやりとした像しか掴むことができない、どこか夢のような──あるいは悪夢のような──物語。
森は美しく、暗く、深いというロバート・フロストの『雪降る夜に森のそばに佇んで』という詩の一節が冒頭に掲げられたこの『災厄の馬』は、一筋縄ではいかない難解な作品である。
しかし、私には守るべき約束がある
眠りにつくまえに歩くべき長い道のりも
眠りにつくまえに歩くべき長い道のりも
イギリスにある海辺の過疎の町、イルムーシュで、町にあるいくつかの牧場で飼われていた馬、計16頭の頭部が見つかる。頭部はいずれも片方の目だけが朝日に晒されるようにして、湿地のぬかるみに埋められていた。地元警察の刑事、アレック・ニコルズは、獣医学博士のクーパー・アレンと一緒に事件を捜査することになる。上から指示された期間は4日。しかしアレックとクーパーの間はギクシャクして、捜査は混迷の度を深めていく。そんな中、今度は不可解な木箱が見つかって…。
プロローグとエピローグに挟まれた4部からなる本作は、全部で109節ある各節の主人公(1人とは限らない)視点の3人称で語られる。3人称で語られるミステリは、一般に明瞭で客観的な描写になることが多いが、本作は3人称でも登場する各人の視点と心象で語られるため、描写は極めて曖昧で主観的、またどこか詩的ですらある。全てがまるで曇りガラス越しのように語られ、読み手はぼんやりとした像しか掴むことができない、どこか夢のような──あるいは悪夢のような──物語である。
アレックは彼女(=クーパー)に答えられない質問を求めつづけた。クーパーには誰がこんなことをするのかわからない。しかし同時に、誰もが知っているのではないか?読み進めるうちに登場人物たちの奇怪さが浮かび上がってくるが、それ以上に印象的なのが物語の舞台となるイルムーシュという町である。馬の首が見つかるプロローグから、何やら瘴気のようなものを感じざるを得ない。イルムーシュは架空の町のようだが、
誰もが日々虚ろな人々と話している。
さよならを言いたくなるような人々と。
逃げだしたくなるような人々、傷つけたくなるような人々と。(p.110)
その架空の町を舞台に小説を書きはじめたとき、まだ16頭の馬のエピソードは生まれていなかった。羊飼いと警察官の話を書くうちに、このふたりに農場で“何か奇怪なもの”を発見させたいと思いはじめた。何か動物がいい──と考えていて、“馬”というアイデアが閃いたのだという。この物語の創作の起点が、“馬”ではなく“さびれた海辺の町”だったというのは、実に興味深い。(「訳者あとがき」より)というのには私も同意だ。著者のグレッグ・ブキャナン自身、本文に
人が土地に影響を与えるのではない。土地が人に影響を与えるのだ。(p.321)と書いている。
胸のすくようなどんでん返しや、切れ味鋭い謎解きを求める人には、本書は向かない。が、怪談でもホラーでもない“異様で謎めいた話”を求める人には、私は本気で本書を推したい。
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「ブクレコ」からの漂流者。「ブクレコ」ではMasahiroTakazawaという名でレビューを書いていた。今後は新しい本を次々に読む、というより、過去に読んだ本の再読、精読にシフトしていきたいと思っている。
職業はキネシオロジー、クラニオ、鍼灸などを行う治療家で、そちらのHPは→https://sokyudo.sakura.ne.jp
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- 出版社:早川書房
- ページ数:0
- ISBN:9784150019778
- 発売日:2022年03月02日
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