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ぽんきち
レビュアー:
内親王を縛る蔦葛の正体
タイトルの<定家>は新古今時代の代表的歌人、藤原定家を指します。

本作の主人公は、後白河天皇の第3皇女で賀茂の斎院を務めた、式子内親王です。やはり新古今時代の代表的な歌人で、定家の父の俊成を和歌の師とします。定家とも歌を通じて交流はあったものの、現実的には恋愛関係となるのは難しかったと見られています。但し、高貴な女人と歌道の宗匠との人目を忍ぶ恋、というのは、人々に好まれる題材だったようで、この2人が恋仲だったという伝説はさまざまなバリエーションで語り継がれました。テイカカズラ(ウィキペディア)というキョウチクトウ科の植物は、定家の妄念が葛となって内親王の墓に纏わりついたことから名付けられたということになっています。

能はこのテイカカズラの伝説をベースとしています。作者は藤原定家に私淑していた金春禅竹と見られています。
初冬のころ、旅の僧が都にやってきたところ、雨に降られ、千本あたりで趣のある東屋を見つけ、雨宿りをします。通りかかったさとの女は、そこは藤原定家の建てた時雨亭であると言います。女はさらに、近くの墓所に墓参りに行くと言い、僧に、一緒に参ってくれるよう頼みます。墓の石塔は式子内親王のもの。蔦葛が一面に纏わりついています。女は、内親王を思う定家も思われる内親王もともに邪淫の妄執に苦しんでいる、お経を読んで弔ってほしいと僧に頼みます。そして、定家と内親王の物語を僧に話して聞かせます。
あまりにも詳しい女の話をいぶかしんだ僧が誰なのかと問うと、女は内親王自身であるといい、消えていきます。ここまでが前半です。

後半、内親王の亡霊が現れます。
しかしその姿は、最初は塚の中に隠れて見えません。やがて現れるのは、葛に絡みつかれた辛そうな姿。気の毒に思った僧が法華経の薬草喩品(やくそうゆほん)という経を読むと葛が少し緩みます。感謝の思いで内親王は舞を舞ってみせ、夜のうちに墓に戻ると、葉かは再び葛に厚く覆われてしまいます。

・・・というわけで、定家はまったく姿を見せません。ただ情念だけが漂うというところ。
歌人の物語ということもあり、詞章には多くの和歌がちりばめられています。
式子内親王の有名な
玉の緒よ、絶えなば絶えね、ながらえば
しのぶることの、弱りもぞする

定家自身の歌、
あはれしれ霜より霜に朽ち果てて世々にふりぬる山藍の袖
、また、2人の歌ではないものの、定家が選んだ『小倉百人一首』中の
天つ風雲の通ひ路拭き閉ぢよをとめの姿しばし留めん
忍ぶれど色に出にけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
など、多くの歌を交えながら、2人の恋が語られていくのです。
でもそれは、報われない、救いのない恋なのですね。

内親王の墓に絡みついた蔦葛。こうしてみると、何だかそれは定家の執念というよりは、恋の和歌に込められた悲しい情念のような気がしてきます。和歌の達人の名を借りて、古今東西の逃げ場のない苦しい恋を象徴しているかのような、そんな気もする「定家葛」の物語です。


*そういえば、定家の代表的な歌って何だっけ?と思ったら、「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや 藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ」・・・! 藻塩、藻塩か! どんだけ塩づくりが好きなのか平安貴族w(cf:
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1831 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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