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hackerさん
hacker
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シムノン研究の第一人者である瀬名秀明が監修し、東宣出版さんが出した「シムノン ロマン・デュール選集」の二冊目です。まだ、あと四冊予定されているのは嬉しいですが、あと四冊しかないのは残念です。
ジョルジュ・シムノン(1903-1989)のロマン・デュール(一般小説)の傑作というと、私がぱっと思いつくのは、『片道切符』(1942年)、『マンハッタンの哀愁』(1946年)、『雪は汚れていた』(1948年)、『ブーベ氏の埋葬』(1950年)、『日曜日』(1959年)、『離愁』(1961年)、『小犬を連れた男』(1964年)、『ちびの聖者』(1965年)あたりですが、彼としては初期に入る1938年刊の本書も、その中に入れてもいいでしょう。シムノンの場合、大変な多作家だったので、傑作も多いのですが、その分焦点ボケしているようなところがあり、ずいぶん損していると思うことがよくあります。ミステリーの世界でも、メグレの生みの親として名は知れ渡っていますが、メグレ警視シリーズの傑作を挙げてみろと言われると、困る人が多いのではないでしょうか。そこが、クリスティーやクイーンと違うところです。その代りに、強調しておきたいのは、私が読んだ範囲でですが、生涯を通して、駄作と呼べるようなものを、まず書いていないということです。


本書の内容を、まず簡単に紹介します。

主人公は、ロシア革命で祖国を追われた、38歳の白系ロシア人ウラディーミルです。南仏で、贅沢好きな金持ちの50歳近い未亡人ジャンヌ・パブリエ夫人に、プライベート・ヨットの船長として雇われていますが、それは形だけで、実際には彼女に愛人として仕えているという状態です。それが嫌で、酒に溺れる日々を送っていました。彼には、イスタンブールで出会い、生活の苦労を共にしてきた3歳年下のブリニという親友がいて、ヨットで一緒に寝泊まりしていました。

しかし、そこへジャンヌが最初に結婚した相手との間できた娘エレーヌが、父親の死をきっかけに、ジャンヌを頼ってきました。彼女はブリニには親しく口をきくのですが、ウラディーミルのことは、ほとんど無視します。彼女に恋心を抱いてしまったウラディーミルは、それが辛くてたまりません。ついに、ジャンヌの一番大事にしていた宝石をブリニが盗んだという濡れ衣を着せ、ヨットから追い出してしまいます。しかし、すぐに後悔して、ジャンヌには自分が仕組んだのだということを告白しますが、ジャンヌはそのことを不問にし、ブリニを呼び戻そうともしませんでした。そして、エレーヌのウラディーミルへの冷たい態度は変わりません。ウラディーミルは、ブリニとの一緒の貧しくとも楽しい時間を思い出し、自分はなんと卑劣なことをしたのだろうと、後悔するようになります。そして、エレーヌのある秘密が明らかになったことがきっかけで、彼は爆発するのです。


シムノンの小説は、眼前に見えるような情景描写が魅力の一つなのですが、海、川、港、船、水、霧といったような水が絡むものになると、若い頃に船上生活を長く続けていたこともあるのでしょうが、一段と冴えを見せるようです。また、フランス文学伝統の巧みな心理描写も、言うまでもありません。本書の場合は、それに加えて、ミステリー=謎の要素が、かなり入っています。ですから、本書の魅力を十分語るには、ミステリーで言うネタバレをしないといけないのですが、止めておきます。瀬名秀明の解説でも「作品を読了後にお読みください」と冒頭に注意書きがありますが、それはぜひ守って下さい。

「こんなすごいラスト・シーン、読んだことがない。鳥肌が立った。シムノン、おまえ、天才だろ」

瀬名秀明は、本書の帯にこう書いていますが、簡単に予想できるような終わり方をしていないということは、私も強調しておきます。



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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2293 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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