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ぽんきち
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日本の「盲人」は古来、どのように暮らしてきたのか、史料から探る
考古学・歴史・美術などを扱う学術専門書籍出版社、雄山閣による、生活史叢書シリーズの1冊。
歴史の表面に現われない庶民の生活を主体に人間生活の実態を浮彫とし歴史研究の間隙を埋める
ことを目的とするとのこと。ほかに取り上げられているのは、やくざ、忍者、遊女、大奥、幕末志士、演歌師、刀鍛冶、流人など。なかなかディープな感じである。
著者、大隈は、教員・映画会社勤務を経て、歴史小説家となった人物。作家活動に加えて、歴史研究も行い、そちらの著書も複数ある。本書は、著者逝去後、遺された原稿に、差別研究者である生瀬が補訂を加えたもの。

著述が、古代、記紀の時代から始まっていることに少々驚く。『古事記』や『日本書紀』に「盲人」が取り上げられているかを探るのである。とはいえ、当然といえばそうかもしれないが、記載はほとんどない。『古事記』にわずかに現れるのは、垂仁天皇(11代)が行わせた占いの場面。旅立ちの方角を占うものだが、<こちらに行くと「跛盲(あしなえ・めしい)」に会うだろう(=だから別の道を行った方がよい)>といった内容で、「盲人」そのものが主体というわけではない。ただ、そこから身障者に対する忌避感や畏怖感が透けて見えるといったところ。

奈良時代、仏教が伝来すると、記述はやや増えてくる。輪廻・宿縁を説くものであり、仏の功徳で開眼したというような説話が散見される。
盲目の僧、鑑真が渡来し、厚く遇されたことは「盲人」にとって希望になったかもしれないが、失明が宿縁と見なされるようになったのが仏教によるものであれば、そちらによる影響の方が大きかっただろう。

平安時代は400年の歳月に渡るため、それなりの史実・伝説が残る。
藤原氏の時代の三条天皇は「盲人」であったと言われている。
仏法楽器として伝わった琵琶は、この時代に「盲人」が手にするようになり、盲目の琵琶法師が生まれた。「盲人琵琶」の始祖といわれるのが百人一首の蝉丸(「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」)だが、この人物は謎が多い。皇胤から物乞いまで、諸説あり、そもそも実在すら怪しまれるほどという。
いずれにしろ、有史以来、「盲人」が職業を持てるようになったのは、この琵琶法師としてが初めてのことらしい。仏教により、弱者救済の機運が高まり、各地に悲田院・施薬院が設けられた。朝廷によるものもあったが、寺社によるものもあり、ここに収容された「盲人」が、仏教楽器としての琵琶に触れるようになったようである。

琵琶法師(cf:『琵琶法師―“異界”を語る人びと』)にとって大きかったのは『平家物語』の成立だろう。
鎌倉時代を経て、室町時代には、平曲と呼ばれる『平家物語』を語る琵琶法師が、全国に数多く存在するようになり、組織が形成される。これを「当道」と呼ぶ。室町中期ごろ、彼らが組織内の私称として検校や勾当、座頭といった呼称を使い始めたようである。
一方、同時代に、九州で、地神経というものを講じて歩く「地神盲僧」が出てくる。これはこれで一大勢力となり、後世、地神盲僧と当道との確執が生じるようになる。
職業ができ、組織ができたと言っても、社会全体も貧しい頃でもあり、「盲人」の生活が楽になったかと言えばそうとも言えなかった。苦しい生活を支えるため、当道は、組合のような「座」を結成した。階級を設け、価格を定めてこれを売り出し、獲得した資金を会員に分配し、座の運営資金に充てた。
室町時代後半、平曲はさらに隆盛を誇り、大名家などに保護された琵琶法師の中にはそれなりの蓄財をするものも出てくる。この時代から、金貸しを始めるものが出てくるようである。

「盲人」関連の史料がまともに出てくるのは江戸時代になってからのこと。
「当道座」は盲人組織として、江戸幕府からお墨付きを得る。地神盲僧のような他組織のものも当道に入るように推奨されるが、そちらはすんなりとはいかなかった。地神盲僧と当道の対立は長く続き、当道派が優勢ではあったものの、明治維新に至るまで完全には解決しなかった。
江戸中期には、箏や三味線、鍼灸あんまを生業とする「盲人」も増えてくる。瞽女(cf:『瞽女うた』)が多く見られたのもこの時代である。
もう1つ、この時代の大きな出来事は「座頭金」の本格化だろう。おそらく室町時代から貸金業を行う者はいたが、問題となってくるのは江戸中期以降である。盲人保護の意味合いで、幕府は彼らに貸金業を許した。彼らは手持ち資金を高利で貸し、利子で稼いだ。支払いが遅れた場合の取り立ては非常に厳しく、当道座の仲間数人で借り手の家に押しかけ、大声で騒ぎ立てるなどした。そんなこんなで巨万の富を築く者も出てくる。2025年大河ドラマの「べらぼう」に出てくる鳥山検校はその筆頭格である。人気の花魁を高額で身請けし、世間の悪評を買った。当時は大名や旗本も財政状態が逼迫し、こうした座頭金に手を出す者は少なくなかった。座頭金で困窮した旗本一家の失踪事件が大問題となり、幕府は当道座の検校らに厳しい処分を下した。以後、幕府は彼らに貸金業は認めるものの、高利は許さない姿勢に転じる。

著者による稿は江戸期までだが、補訂を行った生瀬が、補章として明治期以降について述べている。
江戸幕府の崩壊で「盲人」たちにも大きな変化が生じる。
当道座は成り立たなくなる一方、鍼灸業に関する制度が生じ、免許を取得する必要が生じる。
視覚障害者を含む障害者のための学校も設立される。
障害者が独り立ちするためには生業を得る必要があった。さまざまな可能性がありえたのかもしれないが、筆者は、新たに「手に職をつける」道を探るより、それまで伝統的に行われてきた鍼灸などに頼る側面が大きかったのではないかと見ている。これはその通りかもしれない。

全体に、「正史」ではない方向から見る歴史であり、史料の少なさから憶測も多いが、なかなか興味深く読んだ。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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