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星落秋風五丈原
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二コラ・ブーヴィエ著作『世界の歩き方』に沿ってイランを歩く
 見知らぬ電話番号からの電話を受ける著者。電話先はフランス外務省だ。
イランへの渡航はやめてください。残っているフランス人は、退避中か拘留中です。イランは法治国家ではありません。渡航は中止してください。

しかし電話を受けた時は、既に著者はテヘラン便に乗っていた。

 まるでドラマの始まりみたいなオープニングから始まる本書は、小説仕立てのノンフィクションだ。小説というフィクション要素を残したのは、著者が出会った人たちを守る意図もあると思われる。

 自身のイランの最も印象的だった思い出は、パーレヴィ国王が逃れてホメイニ師が返り咲いた時の人々の興奮ぶりを映すニュース映像だ。欧米の干渉を受けずに独立国家としてやっていく高揚感に溢れていた。しかしその後、イランは恐怖国家と化した。米軍撤退後、あっという間に政権を掌握したアフガンのISが苛烈な女性差別を行っている事は度々報じられてきたが、イランの実情はアフガンの比ではない。

 著者は欧米人なのでイランで目立つ。さっそくひとなつっこそうな青年が宿であれこれと質問してくるが、宿の職員がいうことには、彼は政府のスパイだという。油断も隙もない。表紙絵は、イランの過去の帝国の絵の真ん中に、ヘジャブを掲げた黒髪の女性がいる。彼女はマフサ・アミニ。スンニ派クルド人の22歳の女性だ。ヘジャブをつけず髪を露わにしていたことで、服装の乱れを理由に逮捕、拘留されて3日後に殺害された。マフサの死に抗議行動が起こるものの、逮捕者多数、36名が死刑宣告を受けた。

 ネイルのおしゃれに気を配る女性が同時代にいるにも関わらず、いまだ髪と顔を隠さないと死に至る女性がいる。女性が抑圧されているのは服装だけではなく、学習の機会も奪われ、その先の就業も制限されている。日本における女性の大臣数が少ないと指摘されているが、それでも大学まで教育を受ける権利はあるし、服装においては完全フリーである。

 西欧人が名著に倣って旅した先は、楽しい異国情緒ばかりを感じさせてくれる場所にはならなかった。写真を撮っているとスパイと間違われ、どことも知られぬ場所に連れていかれて、いつの間にか消息不明になっている。一方で監視衛星が飛び交い、どこに誰がいるかわかるような社会であるにも関わらず、人間社会の闇は時代が進んでもつきまとう。そして産油国イランに、弱みを持つ西欧諸国は強く出られない。自助努力に頼るしかないのだ。

 幸いにしてイランは改革派が出馬して大統領になり、女性への規制緩和も進みそうだ。傷の記憶は残るが、国の傷が治療されてゆく様を見届けたい。

 
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2327 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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