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hackerさん
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東宣出版さんが「シムノン ロマン・デュール選集」と銘うって、ジョルジュ・シムノンの未訳長篇小説選を出版することとなり、本書はその第一冊です。シムノン・ファンとしては、涙が出るほど嬉しい企画です。
ジョルジュ・シムノン(1903-1989)は、もちろんメグレ警視シリーズで有名ですが、ミステリー以外にも、数々の傑作を残している作家です。この度、東宣出版さんが「シムノン ロマン・デュール選集」と銘うって、ジョルジュ・シムノンの未訳の6長篇小説を出版することとなり、本書はその第一冊です。シムノン・ファンとしては、涙が出るほど嬉しい企画です。ところで、ロマン・デュールと言う言葉ですが、直訳すると「お固い小説」とでも言うのでしょうが、普通小説若しくは一般小説のことです。

1933年刊の本書の原題 "Le coup de lune" は、直訳すると「月の一撃」ですが、「日射病」「日焼け」の意味で'coup de soleil'という表現があり、そこからの造語で「月射病」というタイトルにしたそうです。同時に、「月の一撃」には狂気に捕らわれる、というニュアンスが込められていたのだろうと思います。


物語の舞台は、当時フランスの植民地だったガボンの港町、独立後に首都となるリーブルヴィル(「自由な町」という意味)です。23歳の育ちの良い青年ジョゼフ・ティマールは、政界で名の知られた伯父の紹介で、サコヴァ商会に就職したことがきっかけで、この地へ希望を持ってやって来ます。「リーブルヴィルからそう遠くないジャングルの奥地に住みながら、木を伐りだし、その丸太を原住民に安く売る」のが仕事だと言われていたのですが、現地のサコヴァ商会に顔を出してみると、支店長に「小舟で十日かけて川を遡っていった、先の先、奥まったところだよ!」と言われます。さらに、そのための小舟は壊れていて、修理の予定もないと言うのです。

ティマールは、町で唯一のホテル「サントラル」に滞在します。そこは、この地に流れ着いたフランス人たちのたまり場でした。そこのオーナーの妻アデルは、服の上からも下着をつけていないことが分かる格好で過ごしていて、おりしも、感染症の持病があったオーナーが亡くなったのですが、喪服を着ていても、その下には裸だったのです。そして、ティマールは、ある朝彼を起こしに来た彼女と関係ができてしまい、すっかり魅せられてしまいます。また、ホテルの使用人の一人が射殺される事件も起こり、私用された銃がアデルのものだったので、彼女にその疑いがかかったのでした。

アフリカの地とはいえ、港町、川、船といった水が関係する舞台は、シムノンがよく設定したものですし、爛れた男女関係、殊に女に手玉に取られる男というのも、何度も取り上げている題材です。正直なところ、本書はシムノンとしては初期の作品ですし、得意とはいえ、後期の作品の描写力と比べると、やや物足りなさを途中まで感じます。しかし、後半、自らもデング熱にかかったティマールが、高熱の中で現実とも妄想とも分からないような考えに囚われ、半狂気に落ちこんでいく姿の描写は、迫力があります。瀬名秀明による解説では、本書のクライマックスである使用人殺人事件の裁判での訴えが、周囲からは「異邦人」の叫びとして排除される姿としてシムノンは描いていると書いていますが、では彼が「正しい」のかと言うと、そうまで断言できない終わり方をしています。ただ、カミュが『異邦人』(1942年)で描いたように、本書は、主人公ティマールがアフリカ大陸のフランス人社会における「異邦人」であったがゆえに、その社会から排除される話だと解釈するのは、間違いないと思います。


シムノンは、大変な多作家でしたが、感心するのは、私が読んだ範囲とはいえ、駄作と言えるようなものを一つも書いていないことです。本書も、シムノンとしてベストの部類の作品とは思いませんが、飽くことなく、ページをめくっていました。この点は、やはり凄いと思います。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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