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hackerさん
hacker
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「仕事?どんな仕事だい?おまえとあの猫がする仕事といえば、一日じゅうごろごろして、どっちが長く寝ていられるか競争するだけじゃないか」 こう皮肉られる私立探偵ジョー・シックススミスのシリーズ第二作です。
ロンドン郊外の飛行場があるルートンという町で、長年勤めていた工場が閉鎖されて職を失い、「探偵でもやるか、探偵しかないか」ということで、「でもしか」私立探偵を始めた、毛も薄くなりかけている黒人独身中年男ジョー・シックススミスの1995年刊のシリーズ第二作です。

主人公は黒猫ホワイティを溺愛していて、よく連れ歩きます。ホワイティも心得たもので、オフィスにいる時は机の引き出しの中、外出する時は自動車の中で静かに待っています。主人公のこういう愚痴っぽい独り言の聞き役でもあります。

「金を払ってくれそうもない依頼人のために、気の進まない調査をするより、もっとましなことができないものだろうか」

これに対しては、気乗りしない表情で「どうぞご勝手に」とテレパシーで伝えるようですし、主人公がちょっと気の利いたことを言うと「一度に一つのことを考えるだけでもたいへんだ、という誰かさんにしてはなかなか鋭い指摘ではないか」という顔をしてみせます。どういう顔なのか、よく分かりませんが、ジョーも「ふん、そんなにお利口さんなのに、どうして自分の飯代ぐらい稼げないんだい」と反撃したりします。


そして、訳者あとがきにもあるように「今回もシックススミスは、同時に、いくつもの、それも金にならない事件を抱えこむことになる」のです。一つ目は、ジョーがわずかな貯金をしている共済組合の出納係の17歳の美少女ガリーナ・ハッカーからの依頼で、第二次大戦後ウクライナから移住してきた自分の祖父が、ある男につきまとわれていて、どうやら祖父の正体はナチの戦犯ではないかと疑われているようなので、その嫌疑を晴らしてもらいたいというものでした。彼女は職場では「まとも」な服装なのですが、そこから離れると「髪の毛をぴんぴんに立て、鼻にピアスをし、ノーブラで超ミニスカート」というスタイルなので、カフェで打ち合わせをしているだけで、周囲からあらぬ疑いをかけられるのでした。二つ目は、ジョーが教会の聖歌隊の練習をさぼって外にでたところ、段ボール箱に入った少年の死体につまずいてしまった事件です。警察はどうせホームレスがドラッグで死んだのだろうと、真面目に捜査をせず、身元も不明なままでした。その場に居合わせて一緒に死体を発見した女性から、その少年のことが気になるから、身元を調べてほしいとの依頼を受けたのです。三つ目は、中学生の少女からの依頼で、自分の親友が女教師からセクハラを受けているかもしれないので調べてほしい、というものでした。ただし、その女教師は、昇進なしとげたばかりのウィリー・ウッドバイン警視の妻だったのです。はたして、この三つの難事件、探偵に向いていないと自覚するジョーは、どうやって解決するのでしょうか。

事件とは別の本書の魅力は、登場人物の面白さです。「子供の頃からずっと、彼(ジョー)は身近なところで何か災難が起こると、少なくとも責任の一端が自分にあるのではないかと感じて、意気阻喪したものだった」のですが、そうなったのは「ミランダ伯母が、編み目を間違えたり、お茶をこぼしたりするたびに『ほらごらん、こんなになってしまったじゃないか、ジョー』」と言われ続けていたことに関係があるようなのです。ジョーはミランダ伯母に頭が上がりません。大して信心深くもないのに、教会の聖歌隊に入っているのも伯母の半命令によるものですし、「男四十結婚すべし」という考えを押しつけられるのにもうんざりしています。ただ、前作で伯母に紹介されたシングルマザーの看護婦ベリル・ボディントンにことは憎からず思っているようです。

もう一人挙げるなら、大女ばかりのイギリス女性の中で、珍しくジョーより背が低く、痩せっぽちでワーカホリックの女性弁護士チェリル・ブッチャーです。彼女は、金持ちや権力者は相手にせず、弁護士料も払えないような貧乏人ばかりを客にして、朝から晩まで奮闘しており、弁護士を志望する若者たちからは絶大な尊敬の念を得ています。ジョーは、時々仕事をもらうので付き合いがあるのですが、会えば憎まれ口をたたき合う間柄ながら、お互いに相手を認め合っている雰囲気がとても良く、彼女をヒロインにしても本が書けそうなキャラです。

また、このシリーズでは、登場人物の肌の色への言及がほとんどありません。アメリカで黒人の私立探偵を主人公にしたら、登場人物の肌の色、人種、民族について、何かしら触れてあるのが普通のような感覚なのですが、こういうところにもイギリスの作家だということを感じます。


というわけで、ミステリーとして特に優れているということではないのですが、「読んで楽しい」本です。随所に顔を出すイギリス流のユーモア感覚と相まって、個人的には、けっこう好きなシリーズです。ただ、このシリーズは母国では全六冊刊行されているのですが、第三作と第四作は翻訳されていないのが残念です。


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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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