三太郎さん
レビュアー:
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ベートーヴェンの音楽の特異性からヨーロッパの中世〜19世紀までのクラシック音楽の流れを読み解く。
著者の片山杜秀さんの名前は、NHK-FMの番組「クラシックの迷宮」で知っていました。これは西洋のクラシック音楽の歴史から近代西洋の市民社会誕生の歴史を紐解くという本です。
お話は西洋の中世から始まります。当時の音楽(歴史的な資料があって復元可能な音楽という意味でしょう。つまり教会の音楽のことで、民衆の音楽は対象にしていません。)は跳躍のない単旋律の退屈な歌で、皆が同じ旋律を唄うものでした。内容は神の作った秩序を称えるものでラテン語でしたから、聴衆にはまったく理解できなかったでしょう。この頃の教会では楽器は禁止され、歌だけが認められていました。(仏教のお経と似てるかも?)
ルネサンス期(15世紀〜17世紀)になると教会音楽ではパレストレーナが重層的で複雑な対位法を用いた合唱曲を作り出し、教会でも楽器(オルガン)が使われるようになります。
16世紀は宗教改革の時代で、ルターはドイツ語の讃美歌を多く作ります。単旋律で民衆が歌いやすいように民謡の旋律を借りたりしています。一方、カソリックの地域ではギリシャ神話を題材にした世俗的なオペラが作られ、オペラハウスで上演されるようになります。この頃になってやっと聖職者や貴族でない一般人が楽譜に書かれた音楽に触れるようになります。
18世紀前半はバッハ、ヘンデル、テレマンといった巨匠たちが活躍します。テレマンの活躍の場はドイツの大商業都市だったハンブルクです。彼は市の音楽監督、歌劇場と教会のカントルに就任し、市民のために様々なジャンルの曲を4千曲ほど作曲し、今でもその全容は解らないとか。彼は自分の楽譜を市民が自分で演奏できるように雑誌形式で定期刊行したのだそうです。裕福な市民層(ブルジョアジー)が音楽の享受者になっていきます。
ヘンデルはロンドンで王や市民のための大規模な音楽を作曲します。
上の二人に比較するとバッハは地味で、生前には先の二人ほどには評価されなかったようです。これはバッハがドイツの比較的小さな町で仕事をしたためでしたが、それが彼をして作曲の技法を極める方向へ向かわせたのかも。メンデルスゾーンによって再発見されるまでバッハは忘れられた存在でした。
ハイドンは時代の変わり目に生きた大作曲家です。人生の前半は貴族の雇われ楽長で、貴族が没落しブルジョアジーが台頭してくると、パリやロンドンで交響曲の連続演奏会などをして大成功を収めます。ハイドンの作風は前後半で大きく変わりました。雇われ楽長だった時代には王侯貴族相手に似たような、よく言えば洗練された曲を量産していましたが、大都会の市民を聴衆とした後期の作品では個性的でキャッチーな作風に変わります。
そしてハイドンが成功を収めた後にウィーンにやってきたのがベートーヴェンです。彼の特徴は①分かりやすい②うるさい③新しいでした。9曲の交響曲はどれも個性的で(僕でも2番以外なら出だしを聴けばすぐ分かります)一曲づつまるで異なる楽曲を作り出しました。
著者によれば、この時代までには声による音楽(例えばオペラ)は大衆的な芸能のジャンルで、弦楽四重奏や交響曲などの器楽による、メルディーの音程に飛躍が大きく人声では歌えないような音楽がより高尚な音楽だという暗黙の了解ができあがったようです。ベートーヴェンはその枠を打ち壊して、大衆にも分かりやすいキャッチーな器楽曲を書いたことが画期的だったといいます。
交響曲9番がその典型で、1〜3楽章までの禁欲的で器楽的な、あまり面白くもない曲想が続き、最後の4楽章で突然に混成合唱による分かりやすい旋律がでてきて全体を締めくくります。貴族趣味に対する市民の勝利という訳です。
本ではこの後はロマン派へと続いているのですが、僕のレビューはこの辺で終わりにします。
以下は僕の感想です。
クラシック音楽を演奏会で聴くことが、ロックバンドの演奏をライブ会場で聴くのより高尚な趣味だと今でも思われている理由は、18世紀の西洋でそれまで貴族の館でしか聴けなかったクラシック音楽をいわば成り上がり者だったブルジョアジーが聴き始めたことに端を発しているようです。ブルジョアジーには貴族への憧れがあったはず。歌より器楽が高尚だという暗黙の了解もこの時代にできたのかも。
でも後期ロマン派になると歌うようなメロディーが交響曲にも表れます。マーラーの交響曲の緩徐楽章などです、そしてこの流れが映画のサウンドトラックの音楽へとつながっていったと思われます。
他方、米国生まれのジャズはダンスホールの音楽から、より器楽的なモダンジャズへと変容し、ちょっと高尚で芸術的な音楽になっていきましたが、これはモダンジャズが楽器中心の音楽だったからではないかなあ。
お話は西洋の中世から始まります。当時の音楽(歴史的な資料があって復元可能な音楽という意味でしょう。つまり教会の音楽のことで、民衆の音楽は対象にしていません。)は跳躍のない単旋律の退屈な歌で、皆が同じ旋律を唄うものでした。内容は神の作った秩序を称えるものでラテン語でしたから、聴衆にはまったく理解できなかったでしょう。この頃の教会では楽器は禁止され、歌だけが認められていました。(仏教のお経と似てるかも?)
ルネサンス期(15世紀〜17世紀)になると教会音楽ではパレストレーナが重層的で複雑な対位法を用いた合唱曲を作り出し、教会でも楽器(オルガン)が使われるようになります。
16世紀は宗教改革の時代で、ルターはドイツ語の讃美歌を多く作ります。単旋律で民衆が歌いやすいように民謡の旋律を借りたりしています。一方、カソリックの地域ではギリシャ神話を題材にした世俗的なオペラが作られ、オペラハウスで上演されるようになります。この頃になってやっと聖職者や貴族でない一般人が楽譜に書かれた音楽に触れるようになります。
18世紀前半はバッハ、ヘンデル、テレマンといった巨匠たちが活躍します。テレマンの活躍の場はドイツの大商業都市だったハンブルクです。彼は市の音楽監督、歌劇場と教会のカントルに就任し、市民のために様々なジャンルの曲を4千曲ほど作曲し、今でもその全容は解らないとか。彼は自分の楽譜を市民が自分で演奏できるように雑誌形式で定期刊行したのだそうです。裕福な市民層(ブルジョアジー)が音楽の享受者になっていきます。
ヘンデルはロンドンで王や市民のための大規模な音楽を作曲します。
上の二人に比較するとバッハは地味で、生前には先の二人ほどには評価されなかったようです。これはバッハがドイツの比較的小さな町で仕事をしたためでしたが、それが彼をして作曲の技法を極める方向へ向かわせたのかも。メンデルスゾーンによって再発見されるまでバッハは忘れられた存在でした。
ハイドンは時代の変わり目に生きた大作曲家です。人生の前半は貴族の雇われ楽長で、貴族が没落しブルジョアジーが台頭してくると、パリやロンドンで交響曲の連続演奏会などをして大成功を収めます。ハイドンの作風は前後半で大きく変わりました。雇われ楽長だった時代には王侯貴族相手に似たような、よく言えば洗練された曲を量産していましたが、大都会の市民を聴衆とした後期の作品では個性的でキャッチーな作風に変わります。
そしてハイドンが成功を収めた後にウィーンにやってきたのがベートーヴェンです。彼の特徴は①分かりやすい②うるさい③新しいでした。9曲の交響曲はどれも個性的で(僕でも2番以外なら出だしを聴けばすぐ分かります)一曲づつまるで異なる楽曲を作り出しました。
著者によれば、この時代までには声による音楽(例えばオペラ)は大衆的な芸能のジャンルで、弦楽四重奏や交響曲などの器楽による、メルディーの音程に飛躍が大きく人声では歌えないような音楽がより高尚な音楽だという暗黙の了解ができあがったようです。ベートーヴェンはその枠を打ち壊して、大衆にも分かりやすいキャッチーな器楽曲を書いたことが画期的だったといいます。
交響曲9番がその典型で、1〜3楽章までの禁欲的で器楽的な、あまり面白くもない曲想が続き、最後の4楽章で突然に混成合唱による分かりやすい旋律がでてきて全体を締めくくります。貴族趣味に対する市民の勝利という訳です。
本ではこの後はロマン派へと続いているのですが、僕のレビューはこの辺で終わりにします。
以下は僕の感想です。
クラシック音楽を演奏会で聴くことが、ロックバンドの演奏をライブ会場で聴くのより高尚な趣味だと今でも思われている理由は、18世紀の西洋でそれまで貴族の館でしか聴けなかったクラシック音楽をいわば成り上がり者だったブルジョアジーが聴き始めたことに端を発しているようです。ブルジョアジーには貴族への憧れがあったはず。歌より器楽が高尚だという暗黙の了解もこの時代にできたのかも。
でも後期ロマン派になると歌うようなメロディーが交響曲にも表れます。マーラーの交響曲の緩徐楽章などです、そしてこの流れが映画のサウンドトラックの音楽へとつながっていったと思われます。
他方、米国生まれのジャズはダンスホールの音楽から、より器楽的なモダンジャズへと変容し、ちょっと高尚で芸術的な音楽になっていきましたが、これはモダンジャズが楽器中心の音楽だったからではないかなあ。
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1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。
長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。
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- 出版社:文藝春秋
- ページ数:0
- ISBN:9784166611911
- 発売日:2018年11月20日
- 価格:880円
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