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ぽんきち
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広島は夕凪の街だという
こうの史代が多くの人に知られるようになったのは本作以降だろう。
2004年初版。その後、ノベライズ、映画化、ドラマ化とさまざまな広がりを見せた。

「夕凪の街」(1955年が舞台)、「桜の国(一)」(1987年春)、「桜の国(二)」(2004年夏)の3つの連作中編からなる。
「夕凪の街」では、原爆に遭ったが生き延び、しかし当時のことを忘れられない娘、皆実が主人公。
「桜の国(一)」、「桜の国(二)」はいずれも、原爆二世にあたる男勝りの少女(二では成人している)、七波が主人公。皆実と七波は実は、伯母と姪にあたる。

こうのの絵はトーンをほとんど使わない。シンプルでふわりと柔らかい絵柄である。
だが、その奥に、時に驚くほどに闇が覗く。

皆実は自分が生き延びたことに後ろめたさを感じている。誰かの悪意で殺されかけ、しかしそれを生き延びた自身の中にもまた、黒さがあることに気付いてしまったから。
けれども、それを救うような1つの出会いが訪れる。
このまま本当に幸せを掴むことができるのか、と思われたその矢先、運命は残酷に舵を切る。

「あとがき」でこうのは書く。
広島出身のこうのにとっても、ヒロシマは遠い過去の悲劇で「よその家の事情」であった、と。被爆者でなく、二世でもない者が、それを描くことができるのか、ためらいがあったと。しかし、編集者にあるとき、広島の話を書いてみないかと問われ、こうのは思い直す。
被爆地以外の人たちは本当に原爆について知らないし、知る機会もない。この際、経験があるかないかではない。
それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、伝えて
ゆけばよいのではないかと。

実は「夕凪の街」では、登場人物たちの名に、広島の地名がそっとかぶせられている。
一人の皆実、一人の天満(父)、一人のフジミ(母)、一人の翠(妹)、一人の霞(姉)の後ろに、いったい幾人が同じように苦しみに喘いだのか。
ひとりひとりの物語の形を取りながら、これは、「広島」という街全体への鎮魂のようでもあり、祈りのようでもある。

「桜の国」は、原爆に目を向けることへの躊躇いをかつて抱いていた、作者自身の想いが込められているような物語であり、幕切れである。
夕凪が止み、また風が吹き始める。この物語の結末は、読者自身の胸の内にそれぞれ描かれるものであるのかもしれない。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1826 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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