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紅い芥子粒
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かぐや姫には実在したモデルがいるという……
竹取物語」の作者は不明だが、紀貫之を有力とする説があるという。
紀貫之といえば、「土佐日記」「古今和歌集」で名を残した平安貴族。
九世紀後半から十世紀前半を生きた人。これは「竹取物語」が成立したころと一致する。

紀氏は、紀州紀ノ川流域に勢力を張っていた有力貴族だが、貞観8年(866)の応天門の変で没落した。政権独占を企む藤原氏にやられたのである。
藤原鎌足の時代から二百年に渡って他氏を排斥し続け、悪逆非道の限りを尽くして政権を独占した藤原氏。「竹取物語」はそんな藤原氏への批判と怨恨の物語だという。

かぐや姫に求婚する五人の貴公子は、実在した歴史上の人物で、ほぼ特定されているそうだ。実名で登場している貴公子もいる。

石作皇子(かぐや姫からの宿題、仏の御石の鉢)は、多治比嶋。
車持皇子(かぐや姫からの宿題、蓬莱の玉の枝)は、藤原不比等。
安倍御主人(かぐや姫からの宿題、火鼠の皮衣)は、阿倍御主人。
大納言大伴御行(かぐや姫からの宿題、竜の首の珠)は、大納言大伴御行。
中納言石上麻呂足(かぐや姫からの宿題、燕の子安貝)は、大納言石上麻呂。

いずれも物語が書かれる二百年前、文武天皇のころに政府高官だった人物だという。
この中で最も、卑怯で悪辣な人物に描かれているのは、車持の皇子である。
モデルとされている藤原不比等の母は、車持氏の人で、不比等は実は天智天皇の子という説がある。だから、車持皇子という名がつけられたわけだ。
だれとも結婚する気がなかったかぐや姫だが、車持皇子のことはとくに嫌っていたようだ。皇子が宿題の蓬莱の玉の枝を姫にささげたときは、すっかりふさぎこんでしまったが、それが偽物とわかったとたんに、”笑い栄える心地”になったほどだから。

五人の貴公子だけではない。かぐや姫にも実在のモデルがあるという。
藤原宗家の女子として生まれた中将姫である。不比等のひ孫にあたる姫だ。
父祖たちの宿業を背負い、帝からの求婚も退け、仏門に帰依した美貌の姫だという。

本書に記された血塗られた古代史を読むと、「竹取物語」には怨恨だけでなく呪詛も込められているかもしれないと思う。あるいは作者は、月の光で、藤原氏の歴史の闇が、照らし出されることを願ったのかもしれない。

「竹取物語」は藤原氏の目に留まらぬよう、ひっそりと書かれた物語だったのだ。
その本は、反藤原氏の貴族の手に渡り、共感した読者が書き写し、別の反藤原氏の貴族の手に渡り、また書き写されて…… そうやって、長い時の流れの中で読み継がれてきた。

いまでは、だれでも印刷された「竹取物語」を読むことができる。
怨恨も呪詛も時の流れに洗い流された。
芝居で演じられることもあるし、教科書にも載っている。
アニメにもなって、たくさんの子どもたちが見た。
結婚しないかぐや姫に共感したり、竹取のおじいさんに同情したり、ふられっぱなしの貴公子たちを憐れんだり、月の世界に思いをはせたり……
読む人見る人が、それぞれの「竹取物語」を楽しんでいる。

月に照らされなくても、物語はかがやいている。
すぐれた物語には、そういう力があるのだと思う。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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