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ときのき
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怪物たちと研究者のダンス
 ロシア文学者である著者の読書体験を入り口にして、19世紀以降の私的なロシア文学史がコンパクトに語られる。扱われるのは、ゴーゴリ『外套』、ゴンチャロフ『オブローモフ』、ドストエフスキー『地下室の手記』などの古典から、ソローキン、ペレ―ヴィンなどの現代作家の前衛的な作品や、近年まであまりスポットライトを当てられることのなかったナールビコワ、スタロビネツなど女性作家の作品まで幅広い。(女性作家の章は、少ない分量にロシア文学史における女性作家の位置づけ、注目される作品、など沢山の情報が詰め込まれているため補遺めいているけれど)「自らの文学の原点に立ち返り、自らの記憶や経験を媒介として、ロシア文学の歩みをたどり直すこと」を目的とした読み物だ。偏りは著者が断りを入れているように、前提であり、読みどころでもある。

 読書の経験としての価値はその本に触れた人生の時期と不可分で、人生経験や、文章に向かう際の慎重さや、関わっているプライヴェートな事情、によって読まれ方が変わってくる。同じ本を別のタイミングで再読した結果、どこに感動したのかわからなくなってしまっていたり、逆に見逃していた魅力に気が付いたりした経験は、誰でもあるのではないだろうか。1984年生まれの著者は1990~2000年代に青春期を送っている。中学校時代は荒れた校風で、いじめにも遭い、その時期の凄惨な経験がロシア文学への共感を育んだという。ある世代の読者が、文学のことばと出会うきっかけを得たドキュメンタリーとしても興味深い。

 ロシアのウクライナ侵攻は、ロシア文学界にも大きな影響を与えた。多数の体制支持派と、少数の批判派に分かれ、後者は他国へ亡命した作家も少なくない。また、現在の情勢下でロシア文学がどう読まれるべきか、についても、たとえばドストエフスキーの小説に含まれる植民地主義的な思想が現今の事態を導いたのだという趣旨の批判が批評家よりなされたりと、激しくその位置づけが変化している。『図書館大戦争』のエリザーロフのように、ソ連時代を賛美するナショナリスティックな傾向の強い作家たちも改めて紹介され、現在の世界情勢から切り離された聖典としての“文学”ではなく、多くの人を巻き込みながら巨躯をうごめかし、影響を与え続ける“怪物”としてのロシア文学の姿が浮かび上がる。
 一読者の肉声を軸に据えた、ロシア文学再入門の書として面白く読みました。
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ときのき
ときのき さん本が好き!1級(書評数:137 件)

海外文学・ミステリーなどが好きです。書評は小説が主になるはずです。

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