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たけぞう
レビュアー:
ADHDと診断を受け、長年の悩みに向き合った本。
新聞書評がかなり印象的で、図書館の新刊情報でも気になったので読むことにしました。発行元の医学書院とは初めてのお付き合いになります。本著は、「シリーズケアをひらく」のうちの一冊で、シリーズ全体の取り組みが毎日出版文化賞の企画部門の受賞となりました。エッセーですが、精神医学的にも価値のある一冊です。なによりもこころが深く打たれる作品でした。作家の力のすごさを実感しました。

参考までに、このシリーズの別の本ですが、「食べることと出すこと」で印象的な書評がありました。発行元の言葉によると、本シリーズは「科学性」「専門性」「主体性」といったことばだけでは語りきれない地点から《ケア》の世界を探ると書いてあります。なるほど。

本が好き!に、本著の先行書評がなかったのでAmazonを見たら評価がまっぷたつでした。納得です。ADHDのことを自らの視点で徹底的に書いていて、容赦のないレベルのストレートな内容です。なんでもかんでもADHDのせいにするなみたいな思考で、受け入れにくい人も出てくるでしょう。わたしは星五つで、欄外まで星を並べたいくらいすごい本だと思いました。

ADHD。注意欠如多動症。一般的には、小学校の教室で座っていられずに立ち歩く子というイメージで説明されます。世の中には、多動であることを活かして、思いついたことを次々と実行してうまくいっている有名人や偉人もいます。

著者は、「片づけられない女たち」(Wave出版)を読んで、自分は発達障害かもしれないと思ったそうです。小学校では忘れ物のトップランナーで、机からカビの塊になったパンが出てくる人です。不注意の特性を持つ人がADHDの傾向にあると知り、明らかに自分のことだと著者は思ったのです。四十代後半になってようやく医師に診断を求め、薬を処方され、世界が変わったのです。つまり本著は、文章で伝える力を持った人が、ADHDの立ち位置でどのように見えているかを書いた貴重な記録なのです。

おわりにで、ヒントになる記述があります。ADHDの困りごとは、ある程度誰にでもあることの延長が多く、怠けている、やる気がないと思われがちだということです。納得です。だからこそわたしも、深く実感しながら読みました。もちろん、著者に比べれば失敗の程度ははるかに軽いのですが、思考が飛んで気がそぞろになり、何かを忘れたり変な受け答えになったりすることがあります。これ、誰にでもあることですよね。

著者のADHDは、脳内の多動性だと自ら分析しています。例えば電車に乗った時のこと。自分の特質は分かっているのでかなり早めに駅に行くのですが、なぜか違う電車に乗ってしまうのです。目的の駅が普通しか止まらないのに急行に乗るのはまだ大丈夫なほうです。北海道に行ったとき、なぜか全然違う路線に乗っていることに気がつかず、途中でスマホで確認したら目的地からはるかに離れたところにいることが分かり、大慌てになっています。

「電車に乗る」で精一杯で、他の情報が頭に入ってこないのでしょうか。急行に乗って間違いに気がついたとき、著者は次の連想をします。次の駅で反対に乗り換えて普通で向かうか、別の路線を使うか、タクシーを使うか。思考の波が押し寄せてきて、さばききれずに体の動きがフリーズするようなのです。精神の多動性、そういうことがあると初めて知りましたが、程度の差はあるものの思い当たるところがあり、理解できます。

一番驚いた感覚が、客観性と主体性です。小説家だから、俯瞰視できる人だと思っていたら、著者は客観性が苦手だと言います。自分の感覚とは、自分の体で経験できるものだけであり、著者はそれをすべてに当てはめようとするのです。これは、時間の捉え方や地図の読み方で他者との違いが出てくる部分です。

時間について著者は説明します。現在、過去、未来に分けたとします。著者は、三つの時間は、それぞれその瞬間しかないと声を大にしています。過去といっても、その瞬間であり、それを過去の「いま」という感覚があると表現しています。分かるような分からないような、つまりわたしにはない感覚の話が書いてあって、二度三度と読み返しました。

地図の説明には共感しました。著者は東西南北の俯瞰した地図で位置感覚を理解するタイプとのこと。相対的な説明は苦手で、例えば次の銀行の角を右に曲がり、その先のコンビニをもう一度右に曲がり、まっすぐ進むと左手にというものです。いや、それは分かるでしょうと思いつつ、実は私もスマホの道案内機能がものすごく苦手なのです。目的地を検索して全体の位置関係を掴んだ後に、ナビモードに移行して右だ左だと案内されて、何度迷子になったことか。わたしは、いまだに出張先での道案内に印刷物を使い、スマホは補助です。

これは、「いまここにいる」感覚を、どう自分で理解しているのかということです。客観視が苦手な著者が、主体性という自分で見聞きした感覚で、時間や場所を理解しているという意味だと理解しました。話は飛びますが、わたしはこの文章からヴァージニア・ウルフを連想しました。意識の流れと評される文体は、ひょっとしたらこのことを言っているのではないかなと思ったのです。

ウルフは、いろいろな人の「いま」を束ねて小説にしている感じがします。本著でも、著者は並行世界を生きていると書いており、つまり自分がいまを生きるということは、同時に他人もいまを生きているということです。小説とは、他人という並行世界に入り込んで、自分がどう思うかを書いた結果であるという、なんとも不思議な感覚を著者は持っているのかもしれません。

大変興味深い内容でした。心理的な本は好きなので何冊か読んでいますが、この本は今まででトップクラスの興味深い内容でしたよ。
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たけぞう
たけぞう さん本が好き!免許皆伝(書評数:1468 件)

ふとしたことで始めた書評書き。読んだ感覚が違うことを知るのは、とても大事だと思うようになりました。本が好き! の場と、参加している皆さんのおかげです。
星の数は自分のお気に入り度で、趣味や主観に基づいています。たとえ自分の趣味に合わなくても、作品の特徴を書評で分かるようにしようと務めています。星が低くても作品がつまらないという意味ではありません。

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この書評へのコメント

  1. Roko2025-01-07 21:05

    たけぞうさん、こんにちは
    「シリーズ ケアをひらく」の本を何冊か読んでいますが、どれもとても興味深い内容です。この本も面白そうですね。読んでみようと思います。

  2. たけぞう2025-01-08 20:51

    >Rokoさん
    「シリーズケアをひらく」、わたしは初めて読みましたが、奥深さに打たれました。そうなんですね、やはり素晴らしいシリーズなんですね。わたしもシリーズの他の作品をチェックしてみようと思います。

  3. No Image

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