ぽんきちさん
レビュアー:
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その親衛隊管理区域は「関心領域」と呼ばれた
オシフィエンチムは、ポーランドの都市。ドイツ語名アウシュヴィッツの方がよく知られているだろう。そこにはナチスにより、ユダヤ人の強制収容所が設けられた。彼らはオシフィエンチムの一地区と付近の村の住民を追放し、40平方キロメートル以上を親衛隊管理区域とした。そしてここを関心領域(Interessengebiet/The Zone of Interest)と呼んだ。
本作は「関心領域」を巡る物語である。
もちろん、ここでいう「関心」とは「関心を持たれる」、つまりは「重要な」領域の婉曲表現なのだが、著者がおそらくこのタイトルに込めたであろう目論見は読み進めるにつれて徐々に重みを増していく。
「関心領域」は主に3つの視点から語られる。
収容所の司令官。
司令官の妻との不倫をもくろむ将校。
死体処理の仕事をしながら生き延びるユダヤ人。
同じ地域に暮らしながら、彼らが見ているものは驚くほど異なる。
それは彼らの「関心」が異なるからだ。
ある者は組織の中で成功するために躍起になり、ある者は享楽的に生きながら、どこか狂った社会への疑問を抑えきれなくなり、ある者はただただ地獄の日々を生き抜くことが精いっぱいであり。
そうした彼らの視線を通して、読者も渦中に身を置くことになる。
その時代、その場所にいたならば、自分の「関心」はどこに向いていただろうか。
渦中にいるとき、その影響を受けずにいることはおそらくは無理だ。けれども、渦中にいたからといって、やはりなされてはならないこと、なしてはならないことはあるはずである。
ひとたび、それが起きてしまったときに、私たちはどうすればよいのだろうか。
取り返しのつかないことはある。起きてしまったことをなかったことにはできない。
そこで起こったことは、
収容所で1つの愛が生まれかけたが、それは成就しない。すべてが終わった後、女は言うのだ。
悲しいセリフである。悲しいのは、ただのセンチメンタリズムではない。人間が如何に邪悪になりうるかを、否定の余地なく示してしまったのが、ホロコーストである。その事実を知っていながら、美しいものは生まれうるのか。女の言葉は、それを突き付ける。
でも。それでもなお、希望はないのか。答えの出ない問いがぐるぐる巡る。
<本作と映画についての追記>
本作は映画化されている。映画の方を先に見た。
ひとことで言えば、タイトルと舞台が共通している以外、相当の相違である。
原作者は映画についてどう思っていたのか、少々興味のあるところだが、(おそらく偶然なのだろうが)映画公開日と原作者死亡日が同じ日なので、原作者は見てはいないのかもしれない。企画自体は10年ほど前に始まっていたようなので、構想はある程度は知っていたものか。
司令官夫妻は原作では架空の人物だが、映画では実在のルドルフ・ヘス夫妻としている。妻がどちらの人物像に近いかは不明だが、映画の方が近いのかもしれない。
原作では複数人物の視点から語られる「領域」だが、映画では、主にヘス家に重点が置かれる。そして映画の影の主役となっているのは“音”である。映画ならではの体験といえるもので、これはこれで見ておく価値のあるものと思う。
本作は「関心領域」を巡る物語である。
もちろん、ここでいう「関心」とは「関心を持たれる」、つまりは「重要な」領域の婉曲表現なのだが、著者がおそらくこのタイトルに込めたであろう目論見は読み進めるにつれて徐々に重みを増していく。
「関心領域」は主に3つの視点から語られる。
収容所の司令官。
司令官の妻との不倫をもくろむ将校。
死体処理の仕事をしながら生き延びるユダヤ人。
同じ地域に暮らしながら、彼らが見ているものは驚くほど異なる。
それは彼らの「関心」が異なるからだ。
ある者は組織の中で成功するために躍起になり、ある者は享楽的に生きながら、どこか狂った社会への疑問を抑えきれなくなり、ある者はただただ地獄の日々を生き抜くことが精いっぱいであり。
そうした彼らの視線を通して、読者も渦中に身を置くことになる。
その時代、その場所にいたならば、自分の「関心」はどこに向いていただろうか。
渦中にいるとき、その影響を受けずにいることはおそらくは無理だ。けれども、渦中にいたからといって、やはりなされてはならないこと、なしてはならないことはあるはずである。
ひとたび、それが起きてしまったときに、私たちはどうすればよいのだろうか。
取り返しのつかないことはある。起きてしまったことをなかったことにはできない。
そこで起こったことは、
一時間を思い出すのには一時間かかり、
一ヵ月を思い出すには一ヵ月かかる類のものである。その記憶の一部は、記録され、魔法瓶に詰められ、木の根元に埋められる。それは後に、「アウシュヴィッツの巻物」と呼ばれるだろう。
収容所で1つの愛が生まれかけたが、それは成就しない。すべてが終わった後、女は言うのだ。
想像してみて、あの場所から幸せな何かが生まれるなんて、どんなにぞっとすることか
悲しいセリフである。悲しいのは、ただのセンチメンタリズムではない。人間が如何に邪悪になりうるかを、否定の余地なく示してしまったのが、ホロコーストである。その事実を知っていながら、美しいものは生まれうるのか。女の言葉は、それを突き付ける。
でも。それでもなお、希望はないのか。答えの出ない問いがぐるぐる巡る。
<本作と映画についての追記>
本作は映画化されている。映画の方を先に見た。
ひとことで言えば、タイトルと舞台が共通している以外、相当の相違である。
原作者は映画についてどう思っていたのか、少々興味のあるところだが、(おそらく偶然なのだろうが)映画公開日と原作者死亡日が同じ日なので、原作者は見てはいないのかもしれない。企画自体は10年ほど前に始まっていたようなので、構想はある程度は知っていたものか。
司令官夫妻は原作では架空の人物だが、映画では実在のルドルフ・ヘス夫妻としている。妻がどちらの人物像に近いかは不明だが、映画の方が近いのかもしれない。
原作では複数人物の視点から語られる「領域」だが、映画では、主にヘス家に重点が置かれる。そして映画の影の主役となっているのは“音”である。映画ならではの体験といえるもので、これはこれで見ておく価値のあるものと思う。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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