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ぽんきち
レビュアー:
戦争が変えてしまった言葉たち
2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めた。
普通の暮らしを営んでいた人々は戦火に見舞われた。危険の中、留まる人もいれば、ウクライナ西部へ、さらには国外へと逃れた人もいた。いずれにしろ、それまで築いてきた家や財産を奪われ、将来設計を覆され、先の見通しが立たない絶望の淵に立たされた。戦闘そのものがいつ終わるのかもわからない。
そうした中、西部リヴィウに逃れてきた人々の支援活動を行っていたウクライナの詩人、オスタップ・スリヴィンスキーがいた。彼は避難者の世話をする傍ら、彼らの話を聞き取り、一話一話を書き留め、文芸ドキュメントとした。書籍は2023年5月にウクライナで刊行されたが、それに先立ち、原稿がインターネット上で公開された。この一部が英訳され、ネットニュースとなった。
これに目を留めたのが本書の訳著者であるロバートキャンベルである。キャンベルは著者スリヴィンスキーと連絡を取り、邦訳の許可を得た。さらに、戦時下のウクライナを訪ね、著者や証言者に実際に会うことにした。23年6月の2週間余りの取材の様子は、テレビ番組(ETV特集『戦禍に言葉を編む』)としても放映されている。

本書は二部構成で、前半がウクライナ語で刊行された『戦争語彙集』の邦訳(英訳からの重訳)、後半が「戦争のなかの言葉への旅」と題するキャンベルのウクライナ訪問記である。
『戦争語彙集』は、1つ1つの言葉から想起される、それぞれの避難者の短い「物語」で構成される。
「バス」「スモモの木」「おばあちゃん」「痛み」「稲妻」といった普通の言葉が、戦時下ではどんな意味合いを持つのか、持たされてしまうのか。
例えば、普段なら車についている「ナンバープレート」は、砲撃された車から見つかった身元不明の遺体の墓標となることもある。埋葬後、遺族が探し当てる目印となるように。
例えば「星」。夜空にきらめく星ではない。窓ガラスが砕け散るのを防ぐため、縦横斜めに張られたテープ。朝の光を浴びると壁に星のように映る。
例えば「猫」。あるおばあさんは大事な猫をキャリーバッグに入れて避難しようとしていた。ところがあまりに大きすぎ、非難の妨げになっていた。一緒にいた女性は置いていくよう説得し、おばあさんは泣きながら置いていく。猫とおばあさんは再会できたのだろうか。

後半の「戦争のなかの言葉への旅」では、断片的な物語の背景が描き出され、物語が立体的に立ち上がってくる。
ある人は駅でボランティア活動に携わり、ある人はシェルターの中で日々を送り、ある人は変わり果てた街の眺めに心を痛めた。
そうした中、避難場所となった人形劇場で上演が再開される。大学では、文学について講義が行われ、学生たちが討論を交わす。画家は美しい花の絵を描く。

誰かが語る物語は、聞き手を得て、その人を癒すだろうか。
演じられる劇は、人々が前を向き、明日へ進んでいく力を与えるだろうか。
絵画は、音楽は、ひとときの癒しを与え、安らぎをもたらすだろうか。

決して声高ではない、しかし切実な言葉たち。
それらは人々に思いを伝えるだろう。
その思いが広がり、戦争を止める術につながればよい。
そうなれば本当によいのだけれど。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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