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ぱせりさん
ぱせり
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タスマニア。避難先であり理想郷であり……
物理学者であり作家である「僕」は、家族の危機に直面している。そして、それぞれに深刻な(時にぎょっとするような)問題を抱えた友人たちがいる。
社会を見渡せば、環境危機、無差別テロ、核兵器の脅威、そして様々な差別が蔓延っている。
地球に最悪の事態が起きた時の避難先として土地を買うとしたらどこにするか、という「僕」の問いかけに、友人の「雲の研究者」は、いくつかの理由をあげて「タスマニア」と答えたのだった。
隠れ家であり、一種の理想郷の象徴でもあるタスマニアという言葉が、社会的な不安と、「僕」たちの個人的な不安とを繋いでいるようだ。


「僕」は、原爆の本を書こうとしている。広島・長崎についてもまとまった取材をし、準備は整ってきたが、行き詰っている。
「すべては語りつくされてしまい、この僕が語るべきことなどもう何ひとつないのではないか」という疑念からだ。
でも、「僕」はこの本をあきらめることが出来ない。
ある人が言う、「今、あなたが直面しているのは、ある種の……危機なのね。そうでしょ? そんな時にあなたは七十年前に日本で起きた、今じゃ誰も関心がない出来事について本を書いている」
との言葉に出会ったとき、ああ、だからだ、と思った。
誰も関心がない、と言い切る無関心は、自分自身への無関心にも繋がっている。誰も関心がない出来事は、実は、自分自身の危機と、わかち難く結びついているのだ。


タスマニア。
実在するそこに逃げても、危機から逃れられるわけがない。タスマニアとは具体的な土地の名前でありながら、そうではない。
なぜ「僕」は、既に語りつくされた(!?)ように思う原爆の本を書くことをやめられないのか。
書かなければならない「僕」の気持ちこそ、タスマニアだったのだろう、と今になってみれば思う。
最初から共にあったもの(たぶん)が、最後まで読んだ時、美しいイメージになって胸に落ちてきた。それは、きっとずっと留まる、と思う。


物語は作者を主人公にしたオートフィクション(虚実ないまぜの私小説)とのこと。
「訳者あとがき」によれば、パンデミックが終息に向かう2021年、作者は「ああも強烈な現実に圧倒されたあとでは、純粋なフィクションを書く気にはもうなれなかったのだそうだ。」
そして読者にとっても、この今。こういう形でこの本に出会えたことがうれしい。
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ぱせり
ぱせり さん本が好き!免許皆伝(書評数:1742 件)

いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。

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