ウロボロスさん
レビュアー:
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この短篇集は、表題作の2作品の他に「樹」「風花」「退屈な少年」「影の部分」「未来都市」「夜の寂しい顔」の6編が、収録されています。表題作の2篇をレビューします。
『廃市』
卒業論文を書くために「廃墟のような寂れた水郷の田舎町」にやってきた大学生の「僕」の10年前のひと夏の体験が描かれています。主人公は遠縁のつてをたよってある町の旧家で暮らす姉妹とその祖母の家の空き部屋を借りて卒論の準備をはじめた。身の回りの世話をしてくれるのは妹の安子だった。家族構成は安子とその姉の郁代とその婿養子となった直之と祖母の四人家族でした……。主人公は、やがて旧家の美しい姉妹の隠された秘密と悲劇に対峙することになるのですが……。
「僕はこの町がとても気に入った。こんなところで暮らしていけたらどんなにいいだろうと思うなあ。」「死んでるんですわ、この町。何の活気もない。昔ながらの職業を、持った人たちが、昔通りの商売をやって段々に年を取って死に絶えて行く町。若い人はどんどん飛び出して行きますわ、あとに残ったのはお年寄りばかりよ。」
主人公は、この町にとって最大のビッグイベントである水神様のお祭りの船舞台に歌舞伎の役回りで出演した直之とその稽古仲間であり共演者である秀と言う若い女の子を見た。そして後日、直之と秀の関係を偶然に知ることになった。
「思えば祭りの夜に、僕が直之さんの顔に認めたものは、悔恨に充ちた暗い眼指(まなざし)だった。」ここで主人公はひとつの仮説を構想したが……。
「僕の考えていたのは不幸な夫婦のことだった。由緒ある旧家の若主人は別の女と暮している、美しい妻は寺の中に引籠ってしまう、そして妹ひとりが間に立って心を砕きながら、祖母の世話をして旧家を守っている。それは如何にもありふれた家庭悲劇のように見えたから、僕は後になるまで、この別居生活の隠された意味が何であるかを、そしてそれが真の悲劇にまで発展する可能性を持っていたことを、少しも暁(さと)ることが出来なかったのだ」。そしてラストシーンは衝撃的な結末をむかえた。
人間の心をよぎる孤独と悔恨の影を、ひとときの夏雲に茜色の蜻蛉の飛びかう光景に冥暗と明媚の織りなすグラデーションのように、清冽な抒情に描写した昏い秀逸な恋愛小説といえるでしょうか?
『飛ぶ男』はSF的で寓意的なニンゲンの魂が昇華して肉体と再びあいまみえ、『世界』へと飛び立とうとする奇妙な男の話である。ドストエ
フスキーの『おかしな人間の夢』を想起させる。
当時としては(昭和34年)高層ビルディング病院の8階に入院している患者がエレヴェーターに一人で真夜中に乗り込んで地上へと降りようとしてボタンを押すと……。
《暗闇ノ広ガリノ中ニ二ツノ巨大ナ白イ手ノヨウナモノガアッタ。(中略)ソレハ神ノ手ダッタ。
神ハイマ新シイ生キ物ヲソノ両手ノ間ニ製作シテイタ。(中略)神ハ宇宙ニ茫漠ト漂ウ意識ガ一ツニ凝縮シタモノニスギナカッタ。(そして遂に彼はそれまで創ったもののうちで最も賢く美しい生き物を創った)シカシソレハ人間デハナカッタ。ナゼナラソレハ翼ヲ持ッテイタカラ。》
旧約聖書の創世記とギリシャ神話のイカロス綺譚をハイブリッドさせた福永SF神話の『飛ぶ男』は、『未来都市』でさらなる飛翔をとげる。
卒業論文を書くために「廃墟のような寂れた水郷の田舎町」にやってきた大学生の「僕」の10年前のひと夏の体験が描かれています。主人公は遠縁のつてをたよってある町の旧家で暮らす姉妹とその祖母の家の空き部屋を借りて卒論の準備をはじめた。身の回りの世話をしてくれるのは妹の安子だった。家族構成は安子とその姉の郁代とその婿養子となった直之と祖母の四人家族でした……。主人公は、やがて旧家の美しい姉妹の隠された秘密と悲劇に対峙することになるのですが……。
「僕はこの町がとても気に入った。こんなところで暮らしていけたらどんなにいいだろうと思うなあ。」「死んでるんですわ、この町。何の活気もない。昔ながらの職業を、持った人たちが、昔通りの商売をやって段々に年を取って死に絶えて行く町。若い人はどんどん飛び出して行きますわ、あとに残ったのはお年寄りばかりよ。」
主人公は、この町にとって最大のビッグイベントである水神様のお祭りの船舞台に歌舞伎の役回りで出演した直之とその稽古仲間であり共演者である秀と言う若い女の子を見た。そして後日、直之と秀の関係を偶然に知ることになった。
「思えば祭りの夜に、僕が直之さんの顔に認めたものは、悔恨に充ちた暗い眼指(まなざし)だった。」ここで主人公はひとつの仮説を構想したが……。
「僕の考えていたのは不幸な夫婦のことだった。由緒ある旧家の若主人は別の女と暮している、美しい妻は寺の中に引籠ってしまう、そして妹ひとりが間に立って心を砕きながら、祖母の世話をして旧家を守っている。それは如何にもありふれた家庭悲劇のように見えたから、僕は後になるまで、この別居生活の隠された意味が何であるかを、そしてそれが真の悲劇にまで発展する可能性を持っていたことを、少しも暁(さと)ることが出来なかったのだ」。そしてラストシーンは衝撃的な結末をむかえた。
人間の心をよぎる孤独と悔恨の影を、ひとときの夏雲に茜色の蜻蛉の飛びかう光景に冥暗と明媚の織りなすグラデーションのように、清冽な抒情に描写した昏い秀逸な恋愛小説といえるでしょうか?
『飛ぶ男』はSF的で寓意的なニンゲンの魂が昇華して肉体と再びあいまみえ、『世界』へと飛び立とうとする奇妙な男の話である。ドストエ
フスキーの『おかしな人間の夢』を想起させる。
当時としては(昭和34年)高層ビルディング病院の8階に入院している患者がエレヴェーターに一人で真夜中に乗り込んで地上へと降りようとしてボタンを押すと……。
《暗闇ノ広ガリノ中ニ二ツノ巨大ナ白イ手ノヨウナモノガアッタ。(中略)ソレハ神ノ手ダッタ。
神ハイマ新シイ生キ物ヲソノ両手ノ間ニ製作シテイタ。(中略)神ハ宇宙ニ茫漠ト漂ウ意識ガ一ツニ凝縮シタモノニスギナカッタ。(そして遂に彼はそれまで創ったもののうちで最も賢く美しい生き物を創った)シカシソレハ人間デハナカッタ。ナゼナラソレハ翼ヲ持ッテイタカラ。》
旧約聖書の創世記とギリシャ神話のイカロス綺譚をハイブリッドさせた福永SF神話の『飛ぶ男』は、『未来都市』でさらなる飛翔をとげる。
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これまで読んできた作家。村上春樹、丸山健二、中上健次、笠井潔、桐山襲、五木寛之、大江健三郎、松本清張、伊坂幸太郎
堀江敏幸、多和田葉子、中原清一郎、等々...です。
音楽は、洋楽、邦楽問わず70年代、80年代を中心に聴いてます。初めて行ったLive Concertが1979年のエリック・クラプトンです。好きなアーティストはボブ・ディランです。
格闘技(UFC)とソフトバンク・ホークス(野球)の大ファンです。
この書評へのコメント
- ホセ2024-03-20 12:07ウロボロスさん 
 楽しく拝読しました。
 「廃市」は福永さんらしい小説だと記憶しています。
 
 故大林宜彦監督の、1984年ATG映画も印象に残っており、ご興味あれば探してみて下さい。
 お金が集まらないものの、どうしても撮りたくて16㎜モノクロにしたと
 (敢えて16㎜にした、との説もあり)。
 小林聡美、山下規介、尾身としのり、峰岸徹・・・
 https://eiga.com/movie/38648/
 
 閉館間近だった下北沢「鈴なり壱番館」で観ました。
 数年後に舞台の柳川を訪ねて、掘割を船で流してもらいました。
 思い出す機会を頂きました。ありがとうございました(^^)/クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。
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- 出版社:新潮社
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- ISBN:B01CSBIHU8
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