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星落秋風五丈原
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帽子をぬいだそのあとに
 父と娘がまるで恋人のようだった、森鴎外の娘・茉莉の著書『父の帽子』。同名でありながら、本作の中国人父娘には彼等のような甘さはない。主人公・柚と父の間から甘さを取り去ったのは、タイトルにもなっている『父の帽子』である。父の帽子はまた、母との間にも溝を作った。

 10歳の少女・柚は、文革の時代、父親が遠くに行かされていて不在で、厳しい母親の元で育つ。この境遇は、中国出身の作家ルル・ワンが、オランダ語で書いた小説『睡蓮の教室』の主人公・水蓮と似通っている。また、胡同の住人達が、次に誰の家が襲われるかと戦々恐々としていたり、「インテリや富裕階級を軽蔑しろ」と教えられた柚が、慕っていた先生を呼び捨てにして批判する件も、『睡蓮〜』同様、文革の混乱した状況をよく表している。しかし収容所で大人達から本当の学問を教わった水蓮と異なり、柚には、矛盾したこの世を「矛盾している」と教えてくれる大人がいなかった。母は「ひとりで地獄に落ちればいい」と娘を罵り、父は娘に拒否される。混乱した柚は、頼もしい少女・大洋馬が率いる、非行グループの仲間になる。守ってくれる大人がいない柚は、より時代に近く接していたといっていいだろう。

ところが、これだけ時代の真っただ中を生き、いろいろと感じてきたであろう柚が、全ての不幸の現況である帽子を父が外した時に、何の感想も述べていないのが気になる。ここだけではない。物語の主人公であるにも関わらず、彼女の言ったことやしたことに比べると、内面描写がやや少なめなのだ。頼っていた大洋馬の死を知ってどう感じたか。文革後の父との再会で何を思ったか。心も居場所も移り変わる人間に対して、胡同に佇み続けた楡をみて、彼女がどう思ったのか。読者の想像力に委ねるつもりで、あえて省いたかもしれないが、もしこうした描写が加筆されていれば、本作への読者の感情移入度も幾分違ったのではないかと思われる。
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2327 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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