紅い芥子粒さん
レビュアー:
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とんとある話。あったか無かったかは知らねども、昔のことなれば無かった事もあったにして聞かねばならぬ。よいか?
作者の大江健三郎は、四国の谷間の村に生まれ育ちました。
少年だったころ、祖母から、村の誕生からいまに至る、村の神話と歴史の物語を聞かされたといいます。祖母の死後は、村の長老たちから。
それらの物語が語られるときには、かならずある決まり文句から始まりました。
『とんとある話。あったか無かったかは知らねども、昔のことなれば無かった事もあったにして聞かねばならぬ。よいか?』
『うん!』
この「よいか?」「うん!」のやりとりが、ひとつの儀式のようにあって、祖母や長老のもの語りが始まったのでした。
この小説の語り手は、作者の分身とおぼしき作家Kです。
Kが少年のころ、祖母や長老から聞いた村の神話や歴史の物語が、小説の中身です。
”M/T”のMは、英語のmatriarchの”M”。女族長、女家長の意味。
”M/T"のTは、英語のtricksterの”T”。難儀なことを手際よくかたづけて、いずこかへ去っていくやつ、というような意味合いです。
MとTの一組の男女が、谷間の村の神話と歴史の物語には、欠かせないのです。
おおむかし、海から大きい川をさかのぼって、その川が渓流となり、さらにさかのぼって、山の奥深くの谷間に若者と娘らが村を創建しました。
その若者のリーダーが、のちに「壊す人」と呼ばれ、神格化されます。
「壊す人」は、巨人化して百歳を超えても生き続けます。
いつまでも死なないことからうっとうしがられるようになり、最期は村のみんなに殺害されてしまいます。その死肉は切り刻まれ、愛情と尊敬をこめて、すべての村人がその肉片を食べるのです。
谷間の村は晒蝋の製造と交易で富をたくわえ、小さいながらも独立した小国家のように成長していきます。
神話の時代が終わり、歴史時代。
中央権力から隔絶された村でしたが、ついに藩に知られるところとなります。
重税を課そうとする藩に抵抗して、村人は一揆を起こします。
首謀者は亀井銘助という人。捕らえられ、獄につながれた銘助さんに面会に行った母は、銘助さんにいいます。
「大丈夫、大丈夫、殺されてもなあ、わたしがまたすぐに生んであげるよ」
”M”はmatherの”M”でもあるのでしょう。
先の世界大戦の時代には、谷間の村もあたかもひとつの独立国家のように大日本帝国軍と戦います。村には、兵器工場も兵器もあったのです。
さらに物語は、現代へと続き、森のフシギの音楽を作曲する光さんが、登場します。
とてもおもしろい物語ではあるのですが、けっして読みやすくはありません。
難しい言葉が使用されているわけではなく、語り口は「です・ます」調で優しい。
それでも、読み辛さを感じてしまうのは、話の流れが、一方向に流れないで、層を成すように重なりながら流れて行くからでしょうか。
過去が重なって歴史をつくっていくように。
山の奥深くの村、海に隔てられた島、この国のいたるところに、大きな権力の及ばなかった共同体があり、あたかも小さな独立国家のように存在していたのかもしれません。
そのひとつひとつに誕生と消滅の物語があるのだと思いました。
この小説は、同じ作者の「同時代ゲーム」の語り直しだといいます。
わたしはまだ読んでいないその小説を、順序は逆になりますが、ぜひとも読まねばなりますまい。
少年だったころ、祖母から、村の誕生からいまに至る、村の神話と歴史の物語を聞かされたといいます。祖母の死後は、村の長老たちから。
それらの物語が語られるときには、かならずある決まり文句から始まりました。
『とんとある話。あったか無かったかは知らねども、昔のことなれば無かった事もあったにして聞かねばならぬ。よいか?』
『うん!』
この「よいか?」「うん!」のやりとりが、ひとつの儀式のようにあって、祖母や長老のもの語りが始まったのでした。
この小説の語り手は、作者の分身とおぼしき作家Kです。
Kが少年のころ、祖母や長老から聞いた村の神話や歴史の物語が、小説の中身です。
”M/T”のMは、英語のmatriarchの”M”。女族長、女家長の意味。
”M/T"のTは、英語のtricksterの”T”。難儀なことを手際よくかたづけて、いずこかへ去っていくやつ、というような意味合いです。
MとTの一組の男女が、谷間の村の神話と歴史の物語には、欠かせないのです。
おおむかし、海から大きい川をさかのぼって、その川が渓流となり、さらにさかのぼって、山の奥深くの谷間に若者と娘らが村を創建しました。
その若者のリーダーが、のちに「壊す人」と呼ばれ、神格化されます。
「壊す人」は、巨人化して百歳を超えても生き続けます。
いつまでも死なないことからうっとうしがられるようになり、最期は村のみんなに殺害されてしまいます。その死肉は切り刻まれ、愛情と尊敬をこめて、すべての村人がその肉片を食べるのです。
谷間の村は晒蝋の製造と交易で富をたくわえ、小さいながらも独立した小国家のように成長していきます。
神話の時代が終わり、歴史時代。
中央権力から隔絶された村でしたが、ついに藩に知られるところとなります。
重税を課そうとする藩に抵抗して、村人は一揆を起こします。
首謀者は亀井銘助という人。捕らえられ、獄につながれた銘助さんに面会に行った母は、銘助さんにいいます。
「大丈夫、大丈夫、殺されてもなあ、わたしがまたすぐに生んであげるよ」
”M”はmatherの”M”でもあるのでしょう。
先の世界大戦の時代には、谷間の村もあたかもひとつの独立国家のように大日本帝国軍と戦います。村には、兵器工場も兵器もあったのです。
さらに物語は、現代へと続き、森のフシギの音楽を作曲する光さんが、登場します。
とてもおもしろい物語ではあるのですが、けっして読みやすくはありません。
難しい言葉が使用されているわけではなく、語り口は「です・ます」調で優しい。
それでも、読み辛さを感じてしまうのは、話の流れが、一方向に流れないで、層を成すように重なりながら流れて行くからでしょうか。
過去が重なって歴史をつくっていくように。
山の奥深くの村、海に隔てられた島、この国のいたるところに、大きな権力の及ばなかった共同体があり、あたかも小さな独立国家のように存在していたのかもしれません。
そのひとつひとつに誕生と消滅の物語があるのだと思いました。
この小説は、同じ作者の「同時代ゲーム」の語り直しだといいます。
わたしはまだ読んでいないその小説を、順序は逆になりますが、ぜひとも読まねばなりますまい。
掲載日:
書評掲載URL : http://blog.livedoor.jp/aotuka202
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読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
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